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増税の恩恵

 増税、するのでしょうか?
 新しい内閣の顔ぶれから「増税内閣」と考える人もいるらしく、また経済界からも消費税を上げるべき、との声が出ているみたいです。
 確かに、日本の現状を考えると増税は不可避といったところ。
 それでも「増税」という言葉には嫌な響きがありますけど…
 ここで少し考え方を変えてみましょう。
 そのために「増税の恩恵」というあまり聞かない言葉を持ち出してみました。
 普通「減税の恩恵」というような言い方をすると思うのですが、税金というものの本来の意味を考えると、大きな視点で考えれば増税・減税のどちらも国民の利益につながっているはずなんですよね。
 税金とは何か、と考えた時に「国民が受ける行政サービスを維持するための費用」と考えればわかりやすいと思います。
 減税は手元に残るお金が増えるので一般的に恩恵を感じやすいわけですが、増税だってそのお金が行政サービスとなって国民に還ってきている、と考えれば立派に恩恵なわけです。
 「独裁国家」や「恐ろしく非効率な行政システムによる無駄遣い」という例外を除けば、増税だろうが減税だろうが「富の形が変わるだけ」で「国民全体の富」が減っているわけではないでしょう。
 税金を「行政サービスを受けるための代金」と考えれば、必ずしも不利益とは言えないはずです。
 もちろん個人個人では損得が生じ、恩恵を大きく受け取れる人とあまり受け取れない人がいるのは事実ですが、これは「そもそも社会とは何のために存在するのか?」という視点で考えればそれぞれに答えが出るのではないでしょうか?
 人間は一人で完全な存在というわけではなく、それぞれに優劣もあれば老いたり病になったりもします。
 人間が社会を形成するのはお互いに助け合うためであり、その方法の一つが富の再分配という社会のシステムであるはずです。
 なので個人個人の損得を強調したい気持ちもわかりますが、ある程度は「社会とはそういうものだ」と受け入れるのも大事でしょう。
 ただ、問題なのはそのサービスを受けているという実感が社会全体として無かったり、代金が上がったにもかかわらずサービスが向上していない、と多くの人が感じる場合です。

 ここ数年社会福祉などを語る際に北欧諸国の社会システムが比較対象として出されています。
 いわゆる「高負担高福祉」というヤツです。
 北欧では消費税が20パーセント以上の国もある代わりに、社会福祉が手厚く老後の不安などが無い、などと言われています。
 ただ、そういった国も最初から「高負担高福祉」という社会システムではなかったそうです。
 最初は日本同様「低負担低福祉」だったそうなのですが、長い期間をかけて国民を説得し徐々に「高負担高福祉」の現在のような仕組みにしていったそうです。
 これらの国の人も最初は増税反対だったのでしょう。
 それを少しずつ税率を上げ、同時に社会サービスを向上させることで「税金を払った分だけ社会が豊かになった」という実感を国民全体に植え付けていったそうです。
 そうすることで「税金を払う事=社会を支える事=自分たちが豊かになる事」という意識を国民全員が共有することができたそうです。
 さて、日本です。
 かつて日本には消費税などというものは存在しませんでした。
 それから税率3パーセントの消費税を導入し、それが5パーセントに上がりました。
 …で、国民の生活は豊かになったのでしょうか?
 高度成長期も終わり、バブルも弾け、中国など新興国も台頭してきて日本経済の成長が低迷している、という不利な要因はあるとはいえ、消費税導入による恩恵というものを感じている人は少ないのではないでしょうか?
 「増税反対」という言葉の一番の理由はこの「実感のなさ」によるところが大きいのではないでしょうか。
 「高負担高福祉」が実現している国と違い、日本はまだまだ過渡期です。
 しかも、政権交代や内閣の退陣などで方針が変わる可能性があり、今現在国家としてどちらの方向へ向かっていくのかがハッキリとしていません。
 そのため多くの人は行政サービスに頼っていいのかどうかわからず社会システムが信用できないので、「自分の事は自分で考えるしかない」と必要以上の貯蓄をしている、という側面もありそうです。
 もしも「老人ホームが無料、医療費も無料、生活するのに困らない程度の年金」があらかじめ保証されているのならば、多くの人はお金を貯めこんだりはしません。
 ですが、日本にはそういう保証が無い。
 その上、その「行政サービスの代わりにするための自己資産」が増税によって削られる、というのですから誰でも増税に反対します。
 増税をするのならば、まずそれによってどの程度生活が改善するのか、という説明を国民にする必要があるはずです。
 とは言うものの、日本の現状は「税金=サービスの代金」という状態ではなかったりします。
 増税の理由が「財政再建のため」というのが一番で、それはつまり「税金=借金の返済」なわけです。
 借金の返済なので、いくらお金を払っても新たにサービスが受けられるわけではありません。
 しかもその借金は世代によっては「自分たちで作った借金」ではなく「親とか祖父母が作った借金」だったりするわけです。
 若い世代からすれば「私の名義で借金して自分たちは豊かな生活をしておいて、支払いは私持ちってどういうこと?」という意識になります。
 ますます「増税反対」ですよね…

 今、政界などでは「徐々に税率を上げていく」という考え方が主流です。
 おそらく経済界なども同様でしょう。
 ですが、これだといつまで経っても「借金の返済」ばかりで「増税の恩恵」を受けられません。
 かなり乱暴な考え方なのですけど、どうしても消費税を上げるならばあえて一気に数十パーセントに引き上げてしまう方がいいのではないでしょうか?
 もちろん大反対が起きるでしょうし、生活が大変にもなるでしょう。
 が、同時に「これだけの税金を取る代わりに、これだけの行政サービスを提供します」と「しっかりと恩恵を感じられる」ようにすることで国民に「税金を払う事=自分たちが豊かになる事」という意識を植え付けるわけです。
 当然ですが北欧諸国と違い「借金返済分」が含まれているので、税率の割には北欧ほど豊かな行政サービスを受けられるわけではないでしょう。
 「こんなに払っているのにこの程度しかサービスが受けられないの?」という風にも感じます。
 それでも今のような「代金を払っているのにサービスが受けられない」というような状態よりは、受け取るサービスが値上げ分ほど向上していなかったとしても、わずかでも向上する分だけマシ、という気がします。
 ものすごく乱暴ですが、仮に消費税を50パーセントとかそれ以上に引き上げる代わりに「医療費無料、老人ホーム無料、教育費無料、年金は生活に困らない程度支払う」と「超高負担高福祉」な負担と福祉のバランスを欠いたものであったとしても、目に見えて「お金がかかる社会システム」が改善されていくのならば、反対派が消えるとまでは行かなくても賛成派が大きな声を上げる程度にはなるのではないでしょうか。
 その後、財政問題が改善してくれば福祉のレベルを下げない程度に減税(つまり北欧並みの負担)すればいいわけです。
 税率を徐々に上げていくというだけでなく、一気に引き上げてその後下げる、という方法も考えてみてもいいのではないでしょうか。
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 蛇足

 ところで、北欧の高負担高福祉も万能ではないようです。
 噂では、風邪をひいても病院に電話で予約して3日後ぐらいにならないと治療が受けられない、という事らしいです。
 さすがに命にかかわるような急患ならばそういう事は無いとは思いますが、ちょっとした病気や怪我だと時間がかかる、というようなデメリットもあるようです。 

 もう一つ蛇足

 日本の貯蓄率が高いのは将来に不安があるからだ、という説があります。(儒教の影響、という説もありますけど)
 この説だと日本の消費が活性化しないのは将来に不安があるのでお金を貯めこむからだ、という事で逆に将来への不安が無くなれば消費が活性化して景気が回復するはずだ、という事になります。
 正しいのかどうかわかりませんが、仮にこの説が正しかったとして、日本人が将来に不安を感じなくなり預金をせず資産を消費に回したら、当然銀行の預金残高は減りますよね?
 日本の国債がこのような財政状態にもかかわらず非常に低い金利に設定されているのは、国債のほとんどを国内で消化しているからだ、と言われています。
 国債のほとんどを国内で消化できている原因は諸外国に比べて高すぎるとまで言われている個人貯蓄量なわけですけど、もしもこの個人貯蓄が消費に回ったら国債を国内で消化できなくなって国債価格が暴落し金利が暴騰するのではないでしょうか?
 そういう危険性は無いのかな?
 それとも消費が活性化して個人の貯蓄が減っても、その分景気が回復し企業からの預金が増えるはずだから大丈夫、というような事になっているのでしょうか…
 ちょっと不安。

コメント

 サキさんへ。
 平等という言葉にも色々ありますよね。
 ちょうど小泉内閣の頃に言われていたのが「結果の平等」か「機会の平等」か、という議論。
 それまでの日本は年功序列とか終身雇用とかで比較的「結果の平等」に近い状態でした。
 所得税の累進課税が重かったのもそういう状態に近かったですし…
 それを「有能な人が努力した分だけ結果に差が出るようにしよう」という方向へ舵を切ったわけですけど…
 その方向性は必ずしも間違っているとは言い難いのですがそのためには当然「機会の平等」が確保されていなければなりません。
 ところが実際に日本ではこの「機会の平等」が確保されなかった。
 そこに問題があるのだと思います。
 「有能な人が努力した分だけ報われる社会」であるにもかかわらず「機会の平等」が確保されていないと、「あらかじめ良いポジションに着いていた人間の努力だけが認められて差が付く社会」という事になります。
 「格差の固定化」ですよね。
 その場合「社会の上の方」での競争は熾烈になるのかもしれませんが、「上の方」はたとえ負けてもせいぜい「上の下」までしか落ちず、「中より下」は絶対に「上の方」の争いに参加することすらできません。
 自己責任とか資本主義や競争による発展という言葉を掲げるのならば、やはり「機会の平等」も確保するのが社会の公平というものです。
 それに「上の方」に優秀な人がいなかった場合もしくはいるけれど人数が足りない場合、社会全体が困った事になるわけで、人材確保という点から見ても「中より下」の人が上に行ける仕組みがあった方が良いはずです。
 妙な言い方になりますが、資本主義で社会を発展させるためには社会・共産主義的な平等が社会の底辺を支えていなければならない、という事なのかもしれません。

 確かに確かに。なんかわかります。自己責任ってヤツでしょう。
「自己責任」に押さえつけられ脅迫されて、最後には暴走してしまうと言う…

 ただ、裕福な家庭に生まれるのも、貧乏な家庭に生まれるのも自己責任ではありませんから、最初のスタート時点で大きな差が付いているのは事実なんですよね。
 秋葉原の派遣が、大久保利通の子孫であったなら、状況は相当違うモノになっていたでしょう。

 この差は、自分自身の努力だけでは報われず、それプラスアルファが必要な場合が多い。運とか、見た目の華やかさとか…
 社会主義にしようと言っているのではないんですよ、スタート地点を平等にしようというのではなく、がんばった分だけ上に上がれるという環境を作ろうよと言う。

 現状は、大久保利通の子孫がいかんともしがたい状況です。どんなにがんばっても、運や華やかさが欠如していれば、決して彼を超えることは出来ないという現状。
 大きな事ではなくとも、例えば派遣は派遣。仕事が出来ようがなんだろうが、絶対に正社員の地位には昇れないという現状。

 彼よりがんばっていて、彼より知能も高く、政治能力も高く、彼よりも忍耐強い人材なんて吐いて捨てるほどいると思いますが、総理大臣になれるのは、大久保利通の子孫である彼に限るという。
 正社員よりがんばっていて、それより稼いでいる人材なんて、それこそ星の数ほど居そうですが、正社員になれるのは、若い頃「暗記」が上手だった人だけ。

 なんか、こういう所は、むしろドイツのマイスターなんかの制度を取り入れた方が良いような気もしてきました…

 サキさんへ。
 政界はいまだにコップの中の嵐を繰り返すだけで「政治をしている」気になっているようですよね。
 自民党と公明党は与謝野追及で一致した、とか。
 民主党内では小沢排除。
 与謝野さんや小沢さんを血祭りに上げることで景気が回復するのならばやっても構いませんけど、当然そういうわけではなく、むしろ「魔女狩り」のような「誰かを非難する事で本当の問題から目を逸らせているだけ」というような気がします。
 名の知れた政治家を生贄に捧げて社会の不満のガス抜きをしているだけ、という風に見えるのは気のせいでしょうか?

 本当にここまで来ると一揆とかデモとか暴動とかが起きそうな感じもしますが、日本の場合はどうでしょう?
 海外の場合は「社会が悪い=政府が悪い」で政府そのものが標的にされますが、日本の場合「社会が悪い=周りが悪い」という感じで標的が政府ではなく周囲の人間になっていくような気がします。
 例えば秋葉原連続殺傷事件のような劇場型の無差別殺人というような方向へ…
 政治家を引き摺り下ろすという方向の人よりも、無差別殺人のような「周囲を巻き込んだ無理心中」が増えるような気がします。
 怒りの矛先が政府ではなく周囲もしくは自分自身に向かっていくというのは、日本人の気質なのかも…
 怒りが自分に向かっていく場合は自殺という事ですけど、自殺者も高止まりしたままですし。
 日本人が政治家を引き摺り下ろす、という行動に出るというのは正直あまり期待できそうに無い気がします。
 それでもまぁ、増えては行くでしょうけど…
 ひょっとして東国原知事のような知名度だけの無所属政治家が増えているのも、そういう「既存の政治家を引き摺り下ろせ」という意識の表れだったのかもしれませんよね。

 それにしても現状の政界は何だか窮屈で自由な議論さえできていないように思えます。
 消費税を上げるのではなく「消費税に関して議論をしよう」というだけで「大問題」扱いされるわけですから、「重税を課して手厚く返そう」というような発想をするだけでも「非国民扱い」されそうです。
 例え突拍子のないアイデアでも、とりあえず自由に発言できる、というのは大事なことだと思うんですけどねぇ…
 むしろ「高負担高福祉」は社会・共産主義的な側面があるのですから、社民党とか共産党からそういう意見が出てきても良さそうな感じですけど、そういう気配もない。
 自由に発言できる雰囲気が無い、というのが政界の閉塞感を招き、発想の乏しさに繋がっている、というのは考え過ぎでしょうか?
 一人か二人ぐらい「また、あんな事言ってる…」と思われるような暴論を吐く人がいた方が、発想が柔軟になって良いような気がするのですが…

 一度日本の利権システム(勿論、上流だけでなく、一般人にも利権と言えるモノの恩恵を受けている人もいると思いますが)が壊れるのであれば、なんか荒療治でも何でも良いからやって欲しい気はします。
 もうニュースでも「永田町物語はもうたくさんだから」という論調になっていることを国民が言っているというようなことを報道していますから、もしこの現状のまま、つまり党利党益、派閥での権力闘争をそのまま引きずりながらその増税に発展すれば、流石に現在の政治家は政治家としての地位を維持できないでしょうから…

 デフレの現状をコツコツ維持し続けた、いや、日本経済をむしろ後退させた「現状維持もしくは後退させることが出来る大ベテラン」が現在の日本で一番重要なポストに就いたそうですし…
 どういう人事なんだろう…15年以上やって出来なかった人を、また…どうして評価が高いのか、私には理解できない…
 もう、今の時点から結果は見えているような…
 普通の会社なら、かんっぺっきに窓際に追いやられそうな人材を、何故に…政界とは窓際族のエリートか…或いは「ネームバリュー」でもあるのか…?

 この状況で50%とかやってくれると、むしろ逆に「一揆」を期待してしまいます。
 現在の政治家が政治が出来ないのなら、一度引きずり下ろした方が良い。強引にでも。という考えに傾きたくもなりますよ…
 こういう人、増えると思いますよ、これから…

 ちょっと過激すぎましたが、やはり「国民」という雑多な人間の集まりという意味で考えると、「政治的」には、良策かも知れませんよね。
 高めに税設定をして、余分に返す。
 どちらにしても、経済で失速しないように大増税を遂げるなら、緻密で大胆かつ合理的に、総合的に政治が動かないといけないでしょうから…

 どちらにしても、根幹部分からの社会構造を、合理的に再構成していく必要がありそうです。
 今の「政治家」の顔ぶれだと、少しムリがありそうな…
 現状のまま、デフレの原因も脱出方法も分からず、社会福祉の理想像も分からないまま大増税をすれば、なんだか経済が失速する可能性が非常に高い気がします。
 大増税をして「小沢がどうの…」なんてやってたらと思うと、若干寒気がするような…

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