連日、元厚生次官連続殺傷事件が報道を賑わせています。
被害者の方にはお悔やみを申し上げると同時に、事件の早期解決を願っているのですが。
犯人像を色々な人が予想していますけど、冷静に考えると一番怪しいのは厚生労働省の内部の人ですよねぇ、普通。
お二人が「
年金」に関係していて、現在
年金問題が取り沙汰されているので「
年金テロ」という言葉が良く使われていますけど、普通にこの手の事件が起きた場合ならばこういう反応はしないはずです。
まだ、同一犯かどうかもわかっていませんが、普段なら「同じ職場で働いていた人間二人が連続で狙われ、金銭目的ではない場合」真っ先に浮かぶのは「職場で恨みを持っていた人間の犯行」と考えるのが普通でしょう。
しかも、次官なので名前は公表されていますが、住所までは知られていないはず。
年金が理由だとするならば、その犯人の置かれた立場は情報において、私やこのブログを今読んでいるあなたと同じ条件のはずです。
「
年金行政許すまじ」と考えて、当時の次官を探し当てる事は過去の新聞を図書館で調べるなどすれば可能でしょう。
でも住所はわからない。
しかもすでに辞めてしまっている人です。
引越しなどをしていたら調べようがない。
厚労省に聞いたって、自宅住所は教えないでしょう。
名前だけを頼りに、電話帳でも調べるんでしょうか?
PCを使って全国の電話帳のデータと照合するような方法を取れば可能かもしれませんが、そこまでやりますかね?
政治団体などが絡んでいるなら犯行声明を出すでしょうし。
わけがわかりませんよね。
とりあえず実行可能なのは「住所を知っている人間」なので内部の人間か、政治関係の活動をしていて情報を集めている人間、もしくはマスコミ。そしてそこから情報をもらった人間、という事になって行くのでしょう。
年金がどうこう言う前に職場関係調べた方が早いんじゃないでしょうか?
警察は当然そういう事をわかって捜査しているでしょうけど。
連日の報道を見ているとマスコミや政府は「
年金が原因であってほしい」と願っているのではないか、とおかしな錯覚を感じてしまいます。
マスコミとしては
年金が原因であった方が商売になりそうですし、政府も今までは
年金問題の「加害者」のような扱いでしたがこの事件がキッカケで「被害者」の側になっていますし。
勘繰り過ぎでしょうか?
さらに妄想を膨らませば「政府が世論を逆転させるために暗殺した」なんて陰謀説も展開できます。
あくまで個人的な妄想ですけど。
犯人が捕まらない事には何もわからないので、こういう事は考えるだけ無駄なのかもしれません。
ところで、少々気になったのがこの事件が発覚した直後の「エライ人たち」の反応の仕方。
皆異口同音に「言論を暴力で抑えるような事は許されない」という発言をしました。
この発言はもちろん「正しい」のですが、どうしても気になるのです。
「では、暴力に訴える以外に道がない人間は一体どうすれば良いのか?」と。
何度も言いますが、暴力はいけません。
が、世の中には理不尽な目に遭っているのに一向に救済されない人たちがいます。
そういう人たちは声を上げたりもするのですが、しかしその声が実際には届かない。
届いても救済に繋がらない。
そういう現実はどうすればいいんでしょう?
あまり思い出したくもないし比較もしたくないのですが、秋葉原の連続殺傷事件でも、それまで派遣労働者の悲惨な待遇は報道などされてきました。
デモ行進なども行われました。
しかし一向に改善されず、ついに事件が起きました。
皮肉な事に事件後急激に派遣労働に対する理解が深まり、派遣労働を見直そうという方向へ動き始めました(まだ解決していませんが…)
本来ならば事件が起きる前に対応するべきだったのでしょう。
そうすればあの事件は起きなかったかもしれない。
でも起きてしまった。
そして社会はようやく変わろうとし始めた。
現代人は「自分の痛みには敏感なのに他人の痛みには恐ろしく鈍感」なようです。
だから、血が流れないと事の重大さに気付かない。
今回の事件の原因がもし「
年金」だったとして、ではどうするのですか?
・警備を増やし、事件が起きないようにする。
・犯人は捕まえて法の裁きを下す。
「正しい対応」だと思います。
でもこの方法だと
テロリストは生まれ続けます。
イラクやアフガニスタンと似たような状況になります。
テロリストは生まれた時から
テロリスト、というわけではないんですよ?
昨日まで普通に暮らしていた人たちが、理不尽な思いをしてそれを解決するために
テロリストへと変貌するんです。
「
テロリスト=悪者」ではなく「
テロリスト=社会的な復讐者」と考えた方がいいのではないでしょうか。
復讐者なのですから、復讐する動機がなければ生まれません。
警備を増やしたり批判をするのは簡単です。
が、それでは何も解決しない。
もしあの時「
テロは許さない」ではなく「
テロをする前に俺に文句を言いに来い、どうにかしてやるから」と言える人間がいたならば状況はまた違う物になっているでしょう。
「
テロはいけないし暴力は許されない、しかしそうせざるを得ない状況に追い込んでしまった責任を感じる」という自省の声があっても良かったはずです。
しかし、無い。
声なき声に耳を傾け、事件になる前に芽を摘んでおく。
そういう態度の人間が一人もいない。
これは正常な社会なのか?
例えば自殺。
実際に人が死んで始めて周りの人間は気付くのです。
「自殺するほど思いつめているとは思わなかった」と。
いつだって取り返しの付かない事になって初めて気付く。
それでいいのでしょうか?
それしかないのでしょうか?
暴力はいけない。
しかし暴力に訴えるしか手段が無い人がいる。
どうすればいいのでしょう?
年金に限らず、行政の失敗によって理不尽な思いをしている人はたくさんいます。
それなのに、加害者である行政側は基本的に責任を負いません。
担当の役人は責任を取りませんし(これには正当な理由がありますが)役所全体としても責任は取らない。
運良く裁判に持ち込み国の責任を認めさせたとしても、その判決が出るまでに長いなが〜い年月がかかる。
しかも責任を認めさせてもその賠償額は雀の涙ほど。
被害回復には程遠く、基本的には泣き寝入り。
仕方が無いことなのかもしれませんが、この仕方が無いことを「仕方が無い」で済ましてしまうのも問題なのではないでしょうか?
謝れば済むという物でもないでしょうが、例えば
年金問題にしても歴代の責任者(政治家官僚問わず)全員並べて土下座させて謝らせた上で、その人たちにも何らかのペナルティーを科す(退職金辞退など)というような方法を取れば、社会の雰囲気や状況は大きく変わると思います。
その上でなら「仕方ない」でも納得できるでしょう。
社会に理不尽を蔓延させ責任は取らず「暴力はダメ」
でも救済も対応もしない。
弱者は基本泣き寝入り。
それで「マトモな社会です」?
何か違うんじゃないですか、ソレ。
理不尽を理不尽で押しつぶすのでもなく、理不尽を理不尽で跳ね返すのでもなく…
「暴力はダメ」ならば「暴力以外の方法を提示するべき」なのではないだろうか?
そういうものが無いからこそ暴力に訴えているのだろうし。
否定をするのは簡単だが、それで何かが解決するのか?
この事件で
年金問題が一気に解決する事はないだろう。
だが、もし
年金問題が原因だとすれば、
テロリスト予備軍は数え切れないほどいる事になる。
それがどれほど恐ろしい事かわかっているのだろうか?
そしてその「予備軍」を「本物」にしないための政策が求められているのではないだろうか?
「
テロは許さない」ではなく「
テロが起きてしまった事をシグナルと受け取って、襟元を正す」必要があるのではないだろうか。
それでも私はこう思う。
この事件は
テロではなく、関係者による怨恨殺人なのではないか、と。
だが、この事件の真相とは別に、襟元を正す必要があるだろう。
アメリカでは「
テロとの戦い」から「対話」へと舵を切ろうとしている。
日本でも「対話社会」を実現させる必要があるのではないだろうか。
念のために。
「対話」とは一方的な「通告」ではない、という事を記しておく。
権力者は「通告」を持って「対話」とする、というケースが多いので。
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報道によると住所は国会図書館で調べた、という事のようですね。
情報管理はかなり甘いかも。
この事件の遠因に社会的な背景があるとすれば、今後同種の事件が増えてくるかもしれませんよね。