アフガニスタンで
NGO職員の伊藤和也さんが殺害されました。
国際援助をしていた民間の方が亡くなるという痛ましい事件であり、心よりご冥福をお祈りします。
連日報道されているこの事件のニュースの中に、いくつか考えさせられる物がありました。
一つは伊藤さんが拉致された時、その事を知った地元住民が1000人以上も彼の捜索を始めたという事。
もう一つは亡くなられた後、葬儀で500人もの地元住民が冥福を祈ったという事。
遠く離れた異国の地で一人の
日本人がこれだけ多くの現地の人を動かしたという事実。
言うまでも無いですが、これは伊藤さんの人望と彼のそれまでの行動の結果生まれたものです。
彼はその地道な活動でこれだけ多くの人から慕われていたのでしょう。
もちろん彼だけではなく、彼と一緒に活動していた人たちの功績もあるでしょう。
人の命が失われている時にこういう事を書くのは不謹慎なのかもしれませんが、事実を直視するためにあえて書きます。
外交や国際援助は何のために行っているのでしょう?
今回の事件についてではありません。
あくまで一般論です。
国益のためでしょうか?
人道のためでしょうか?
それとも周りの国がやっているから
日本もやらないと格好が悪いからでしょうか?
理由はたくさんあるのでしょうが、やはり基本はお互いが仲良くするため、ではないでしょうか。
少し恩着せがましくなりますが、感謝されるため、ではないでしょうか。
日本は毎年巨額のお金を
ODAとして援助しています。
これだけのお金を出して、それに見合うほど感謝されているのでしょうか。
アフガニスタンにもたくさんの援助をしているでしょう。
その援助の決定には当然政治家が関わっているはずです。
もしこの援助を決定した政治家が、誘拐などされたとして
アフガニスタンの人は伊藤さんと同じ様に一生懸命探してくれるでしょうか?
殺害されたとして涙を流してくれるでしょうか?
どんなにたくさんの援助をされても、その援助が顔の見えないものであるかぎり、大して感謝はされません。
それに比べて伊藤さんは大きな資金も持っていないのに、これだけたくさんの人の心を動かしました。
きっと
アフガニスタンのこの地域では「
日本」という国の印象はとても良い物になっているはずです。
伊藤さんを含む
NGO団体の活動のおかげでっ!!
決して、安全な所で汗一つ流さずに金を出す決定をしただけの人間の功績ではありません。
一人一人の顔の見える手助けの結果、一緒に汗を流した結果です。
援助とは何でしょうか?
お金持ちが貧乏人に向かって札束を渡し「お前にこの金を恵んでやる。その代わりお前は私に感謝し、敬意を表し、何かあったら私に協力するように。それが出来るならこれからも金を恵んでやろう。出来ないならば金はやらん。わかったな?」…これは援助でしょうか?
日本の政府が外交で行っている「国際援助」はほとんどこんな感じなのではないでしょうか。
その結果、相手には良い印象を持たれず、本当の意味での感謝もされず尊敬もされず、困った時にも手を貸してはくれないでしょう。
一方の伊藤さん。
現地に行き、現地の人のために一生懸命働きました。
きっと金銭的な援助などほとんどしていないでしょう。
それでもピンチになった時に1000人もの人が駆けつけてくれました。
500人もの人が涙を流してくれました。
この違い。
天と地ほど開いているように感じます。
本当の国際援助とはただ金をバラ撒く事ではなく、相手のために一生懸命になる事なのではないでしょうか。
あえて言います。
日本の
ODA…無駄ではないでしょうか?
国際的に
日本のイメージを良くするだけなら、お金はそんなに要らないであろう事が今回の事件で証明されました。
国際援助を費用対効果で考えるのは、倫理的におかしいのかもしれません。
しかし、税金を使っている以上その効果は出来る限り高くなければ困ります。
日本の
ODAは諸外国に比べて極めて効率が悪い。
この件は以前「
これも税金の無駄遣い?」という記事にした事があります。
諸外国の効率が高いのは
日本と比べて
NGOなどの利用が進んでいるからだと言います。
今回の伊藤さんの援助活動もきっと効率の良いやり方だと思います。
日本の憲法で謳う「国際的に名誉ある地位を占めたいと思う」とは伊藤さんの活動のようなものを言うのではないでしょうか。
治安の悪い所に民間人を送り込むという事には、たくさんの問題があるでしょう。
しかし金をバラ撒くだけで援助は事足りる、という考えはあまりにも低レベルです。
今回の事件のように本当の意味での援助を行えば、命の危険は常につきまとうでしょう。
ですが、そうやって得た信頼という物は何物にも変えがたい財産になるのではないでしょうか。
とは言っても、その財産を手に入れるためには、多くの人の血と汗を流さなければならないのかもしれません。
これは
日本政府の意識の問題というよりは、
日本人全体の意識の問題なのかもしれません。
「我々
日本人は金は出すが、血や汗は一切流さない」という意識では本当の友情など生まれるはずもありません。
今まで
日本、そして
日本人は多額のお金を援助してきましたが、その金額の割にはあまり感謝をされていません。
その事に関して我々は「世界中の人間は自分勝手で薄情だ」というような意識を少なからず持っていたのではないでしょうか。
そして、いつも
日本は孤立していたわけですが…
我々
日本人が「
日本人としての誇り」や「国際的な信用や尊敬」を得るためには、政府が何かをしてくれるのを待っていてはいけないのではないでしょうか。
国際的な
日本の地位が低いのを「政府が悪い」と、つい言ってしまいますが、本当はそれは政府の責任ではなく我々一人一人の責任なのではないでしょうか。
「
日本人」というブランドイメージを良くするためには私達、いや私自身やこれを今読んでいる貴方自身が「誰かのために血を流す覚悟があるのか」という点にまで立ち返る必要があるのではないでしょうか。
もし、今、時分の胸に手を当てて「私は見知らぬ誰かのために一生懸命働く事ができるか?その人のために死ぬ覚悟があるか?」と自問し、その答えに迷いが生じたり、答えが「NO」だった場合は「
日本人は尊敬には値しない」と考えた方がいいのではないでしょうか。
そして、その
日本人の価値を貶めている責任の一端は自分にもあるのだ、と自覚しなければならないのかもしれません。
諸外国の方たちがどの程度の人間性を持っているのかはわかりません。
全ての国の全ての人が「見知らぬ人のために死んでもかまわない」と考えているわけではないでしょう。
しかし、諸外国が
ODAで
NGOを積極的に利用しているという事は「誰かのために命を懸けられる」と考えている人がそれだけ多いという事でもあるでしょう。
もし「
日本という国」を「
日本人」を国際的に尊敬される存在にしたいのならば、それは「
日本政府」に任せておけば自動的に手に入るような安易な物ではなく、
日本人一人一人が「誰かのために命懸けで働ける」と考えるようになる必要がありそうです。
「誰かのために命懸けで働ける」人の割合が増えれば、
日本国や
日本人は自然に尊敬を集めるようになるはずです。
国が悪い
ODAは無駄だ、という前に(自戒も込めて)、今自分に何ができるのか、自分はどれだけの覚悟をしているのか、を見つめ直す必要があります。
そして多くの人が精神的に一段階高い所に上がる事が出来れば、
ODAなど無くても
日本は尊敬されるようになるのではないでしょうか。
偉そうな事を書いても、自分自身それが出来ているかと問われれば恥じ入るばかりですが、こういう事を意識していないと「金さえあればどうにでもなる」と思っている低俗な輩と大して変わらないような気がします。
それが出来ずに文句ばかり言うのは、ただの駄々っ子でしょう。
「ボクはこんなにお金をあげてるのに、誰もボクを尊敬してくれないんだ」というような感じの…
「
日本人である事を誇りに思う」ためには、私達一人一人が「私は尊敬に値する人物なのだろうか?」と客観的に自分を見てみる事が必要です。
「
日本人としての誇り」は誰かに与えられる物ではなく、自ら築き上げて行くものなのでしょう。
…私も反省しないとな。
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私もテレビで「グランピーナッツ」を見た事があります。
飲み水に関しては1錠で4〜5リットルの水を浄化し安全な水に変える浄化剤が50錠で70円だそうです(ユニセフのサイトより)
単純計算で4リットル×50錠=200リットル=70円です。
本気で効率の良い支援を行えば、今よりはるかに貧困が改善されそうです。