先日、政府が景気が悪くなったのをようやく認めました。
不動産会社の倒産も相次いでいるようです。
消費低迷、原油高、物価高、偽装が続き企業の社会的信用が揺らいでいる…いろいろな理由を挙げています。
そして「物が売れない」と叫んでいます。
…本当にそうでしょうか?
本当に「物が売れない」という視点で問題解決を図って良いのでしょうか?
ちょっともったいつけました(笑)
私見です。
「物が売れない」のではなく「買いたくても買えない」が正しいのではないでしょうか。
内需が拡大しない、とエライ人たちは言っていますが、そもそも「
内需」って何だか忘れているのではないでしょうか?
当たり前過ぎて忘れがちな原則
内需=消費者が使えるお金=労働者の給料や銀行預金の利子
上の公式、間違っていますか?
もちろん
内需の中には「株などで手に入れたお金」もあるでしょうが、一般消費者向けの
内需の9割以上の内訳は給料のはずです。
さて、この考え方を基本にした上で今回の記事のタイトル「トヨタの労働者はトヨタ車を買えるのだろうか」です。
ここで言う「労働者」は「トヨタの正社員」の事ではありません。
トヨタの自動車を作っている工場で働いている労働者の事です。
期間工や派遣社員の事です。
忌まわしい事件を思い出させてしまいますが、秋葉原連続殺傷事件の犯人もトヨタの関連工場で働く派遣社員でした。
労働者の正確なデータがわからないので、報道などで知る事の出来たこの犯人の待遇で考えます。
言うまでもなくこの犯人は事件を起こす前は普通の一般人だったので、彼のケースが特別なのではなく、むしろ派遣社員一般に良く見られる待遇という意味で参考にします。
報道によると、彼の時給は1000円以上。
バイトや派遣社員の給与待遇としてはさほど悪くはない金額だそうです。
事実この犯人も事件直前の書き込みで「マシな方」というような趣旨の文章を残しています。
が、新聞報道によればこの給料から「派遣会社の寮の家賃」が引かれ、彼の手元に残るのは15万円ほどだったそうです。
住居費がこれ以上引かれないにしても、この15万の中から食費や光熱費などを支払って生活して行くことになります。
15万円から生活費を除いた自由に使えるお金はいくらぐらいなのでしょうか?
近年、全労働者に占める派遣社員の割合が急増しているわけですが、この人たちの多くが
経済的には同様な状況に置かれているのではないでしょうか。
もう一度タイトルに戻り、かつ若干変更して一般化させてみましょう。
「派遣労働者の給料で自動車を購入する事はできるのだろうか」です。
自動車を買うためにはたくさんの費用がかかります。
単純に自動車の価格、ガソリン代、車庫の費用、自動車保険代、車検代、税金などなど。
自動車の価格は中古車を買えば安く済むでしょうが、それではトヨタの言うところの「物が売れない」は解決しません。
ガソリン代は原油高の影響もあるでしょうが、例え安くても少ない手取りでは痛い出費です。
車庫代は大きな出費ですよね。
家賃を払った上にさらに自動車の家賃を払うようなものですから。
保険や車検など費用もバカに出来ません。
これらの出費を行えば、自動車以外は何も出来なくなるのではないでしょうか?
おいしいレストランで外食…する余裕が残るでしょうか?
スキルアップをするための学校へ行く…ための費用が出せるでしょうか?
将来のために貯蓄をする…余裕は無さそうです。
家を買う…どうやって?
結婚して子供を養う…まず無理でしょう。
派遣労働者が自動車を手に入れるためには、それ以外の全てを犠牲にする必要がありそうです。
なるほど、派遣労働者全員が「結婚はせず、家も建てず、人生設計もせず、たまの外食もせず、一心不乱に自動車に全人生をかければ」きっと自動車は手に入るでしょう。
そうすればきっとトヨタは国内の需要だけで十分に潤い、経営は安泰なのでしょうね。
もちろん不動産業界にはお客さんがいなくなりますが…
すばらしい戦略ですね。
トヨタ一人勝ちです。
不動産業界を崩壊させ外食産業を壊滅させ少子化を加速させ日本を滅亡させても、トヨタだけは生き残ります。
トヨタだけでなく、今現在ほとんどの企業がこの戦略を取っています。
人件費を削減し利益を拡大し、業績を回復させてきました。
そうやって見掛け倒しの「実感無き景気回復」を行ってきたのです。
戦後最長の「好景気」でした。
そりゃあ景気も回復しますよ。
払うべき給料をピンハネしてその分を利益として計上してるんだから。
そして自分達で社員の財布の中身を減らしておきながら言うんです。
「キミ達、ケイキカイフクノタメニドンドン消費シナサイ」って。
使いたくても使う金がないんですけど…
でも言うんです。
「戦後最長ノ好景気デス。オ金ハイッパイアルハズデス」って。
すいません、頭おかしくなりそうです。
つまり何ですか?
自分達は人件費を削っておいて、消費が活性化しない理由が分からない、と?
頭悪いんじゃねェのか? 失礼。
私には各企業が一生懸命
内需を縮小する努力をしているようにしか思えないのですが。
それともこの世のどこか、私の知らない所に「無限にお金が湧いてくる泉」でもあるのでしょうか?
そして消費者はその「無限にお金が湧いてくる泉」からお金を拾ってきてじゃんじゃん使えば良いんですね?
すばらしいアイデアです。
ぜひその泉の在処を教えていただきたいのですが…どういうわけか誰も教えてくれないんですよね。
何ででしょう?
意地悪ですねェ、ホントに。
仕方がないからどっかからお金を借りて来て、湯水のように使えば良いのでしょうか?
まぁ借りたお金はいつかは利子を付けて返せばいいわけだし、その返済金もまたどっかから借りればいいんですよね。
えっ?そんな事したら破産するって?
大丈夫ですよ、我が日本国も赤字国債乱発して同じ様な事やってるじゃないですか。
とっても頭の良い官僚さんと、みんなに選ばれた優秀で人望のある政治家のセンセイ達が認めている方法ですからきっと大丈夫なんですよ。
何か普通の人にはわからないとっても便利な方法があるんですって、きっと。
聞いた事ないですけど…
ゴメンナサイ、書いてて辛くなってきました。
あまりのアホらしさに笑いを堪えるのが辛いです。
えーっと、つまりアレですか。
景気回復のためにカードとかで金使いまくって自己破産しろ、と。
そうすれば一時的にでも景気は回復しやがるぞ、と。
自己破産したらその借金はそのまま不良債権になって、景気は悪くなるんですけどねェ。
まぁいいのか、自分達さえ儲かれば。
資本主義ですもんね、弱肉強食ですもんね。
やったもん勝ちですか…
バカ話はこの辺にしておきたいのですがねぇ…
私には現在の日本の
経済が「自分の尻尾をエサだと思い込んで、同じ所をグルグル回っている
バカ犬」にしか見えないのですが、気のせいでしょうか?
1・自分達の業績を良く見せるために一生懸命人件費を削りました。
2・その削った人件費は本来消費に回されるはずのお金だったのですが、それを企業が溜め込みました。
3・当然消費は冷え込みます。
4・景気は悪くなり、企業の業績は悪化。
5・「大変だ、もっと人件費を削らないと」
6・そして人件費を削り、さらに消費を冷え込ませる。
7・1番に戻る(理解できるまで何度でも繰り返してください)
自分達で
内需を縮小しておいて、「大変だ、物が売れない」は無いでしょう。
こういう状態をマッチポンプと言うはずですが、そんな上等な言葉を使う必要は無いでしょう。
「
バカ犬芸」で十分です。(
バカ犬に失礼か?)
犬が
バカ犬芸を行うには、飼い主が調教師にしつけを許可する必要があるでしょう。
この場合、飼い主は「日本国」で調教師は「人材派遣業」でしょうか。
元々は普通の犬だったのですが、エサが少なくなり元気が出ませんでした。
この状態が初期の不況です。
犬はおとなしく寝転んで体力を温存していたのかもしれません。
もしかしたら、そのまま飢えて死んでしまったかもしれませんが…
その元気の無い状態を見た飼い主が「大変だ、ウチの犬元気が無い、どうしよう」と思ったところへ調教師が「とりあえず走り回らせればいいのなら簡単ですよ」と飢えてエサの無い犬に自分の尻尾をエサだと思い込ませました。
その結果犬は「エサだ〜っ!!」と一気に元気を取り戻し、ひたすら自分の尻尾を追いかけ始めました。
飼い主はその走り回る姿を見て「おぉっ、ウチの犬元気になった」と勘違い。
調教師は調教料を貰って大満足です。
実際にはエサは未来永劫手に入りませんし、犬は元気になったのではなく最後の力を振り絞っただけです。
このまま走らせ続ければ、体力の限界が来て二度と立ち上がる事は出来ないでしょう。
ですが走り始めてしまいました。
疲れて思考力も低下しているので「他所にエサがあるかもしれない」という考えすら浮かびません。
何はともあれ今現在飢えている状態を満たすために、目の前のエサ(自分の尻尾)を食べるために追いかけるので精一杯です。
この犬にそっと「それはエサじゃないよ、自分の尻尾だよ」と教えてあげても、もう空腹のあまり冷静さや判断力が残っていないので「うるさい、とりあえずあのエサ(自分の尻尾)を食べてから話を聞くから黙ってろ」ってな感じです。
これを見た飼い主が異常に気付けば良かったのですが、どうやら飼い主も犬が元気の無い姿を見てパニックを起こしたらしく冷静な判断力を失ってしまいました。
走り回っている犬を見て「元気になった」と勘違い。
「ウチには他にも元気の無い犬がいるんだ、どうにかしてくれ」と調教師に相談したかどうかはわかりませんが、他の犬にも同様の処置を施し走り回らせました。
犬達は今まではエサが少なければ少ないなりに皆で分け合って飢えを耐えたりしてきたのですが、今回は「自分のエサ(自分の尻尾)は自分の物だ」とばかりに走り始めました。
飼い主は、自分の庭先で集団で犬がグルグル回っている状況を見てなぜか大満足。
世に例の無い「集団
バカ犬大回転」状態になってしまいました。
調教師は教えれば教えるほど儲かるので「そ〜れ、
バカ犬バカ犬〜♪」と芸を仕込み続けます。
…誰か止めて(笑)
笑い事じゃないんですけどね。
昔の話です。
アメリカの自動車産業の黎明期でしょうか。
フォードという人物がいました。
当時の自動車は超高級品。
庶民にはマイカーなど高嶺の花、夢のまた夢です。
その時フォードは自分の工場の労働者の給料を極めて高く設定し、自分の所の労働者が自分の所の自動車を買えるようにしました。
当然街には「庶民であるはずの労働者」が「高嶺の花であるマイカーを乗り回す」姿が溢れかえりました。
それを見た他の自動車会社の労働者が皆でフォードで働きたいと思うようになりました。
フォードは他者の優秀な熟練工を雇い入れる事に成功し、圧倒的な成功を収めたそうです。
そして、自動車は高嶺の花ではなくなり、普通の人でも手に入る物になったそうです。
以前どこかのビジネス書に書いてあった話の要約ですが、まぁこんな感じです。
その後フォード社がどうなったのかは詳しくは知らないのですが、これが自動車が一般に普及するキッカケとなったそうです。
当然
内需も相当に拡大したのでしょう。
どこか一社が給料を引き上げれば、多くの労働者がそこを目指してしまうため、他の業種でもある程度は賃金を上げざるを得ないのではないでしょうか。
そういった事の繰り返しが、資本主義の発展のエネルギーになっているのだと思います。
自動車黎明期と現代日本を比べるのには無理があるのは分かっています。
技術が進んでいる現代では熟練工と新人の力量の差は当時より小さくなっているはずですし、黎明期で市場が未開拓だった当時と、市場が飽和状態の現代では条件が違います。
また、国際化が大きく進んでいない当時のアメリカならば国内だけを見ていればよかったのでしょうが、国際化が進んでいる現在では日本以外の国も視野に入れなければなりません。
そういった要素を考えれば、単純にフォードの取った戦略(給料を上げる)を真似すれば同じ結果が生まれるというものでもないでしょう。
しかし、企業の利益を優先するあまり、消費者でもある労働者の財布の中身を寂しい状態にし続けるのは得策とは言えないでしょう。
労働者が自分の作っている物を買えない。
まるで中世のようです。
中世ならば「お金持ちである貴族」のために「労働者が自分では買えないような高価な物を作る」というような事は日常茶飯事でしょう。
しかし現代は違います。
一部の高額所得者向けの商品ならばともかく、マイカーも持ち家も大衆向けの商品です。
大衆向けの商品だからこそ大きなマーケットがあり、
経済が発展したのです。
トヨタやその他の多くの企業はいつから「大衆向けの商品」を作らなくなったのでしょうか?
それとも現代が中世に逆戻りしただけなのでしょうか?
かつてはマイカーも持ち家も、「高嶺の花」や「夢のまた夢」ではなく頑張れば手の届く物だったはずです。
それがいつからか手に入らなくなってしまった。
手に入れる事が出来ない人たちが増えてしまった。
これでは
経済は活性化しません。
根本的な考え方の転換が必要だったはずです。
戦後の日本の高度成長は「安くて品質が高い商品」をたくさん作る事で世界を席巻し達成しました。
しかし
経済発展と共に賃金が高騰し、品質の高い商品を「安く」供給する事が困難になりました。
その時点で「値段は高いけれど他の追随を許さないぐらい質の高い商品」を提供する方向に方針転換をすれば良かったのかもしれませんが、日本は「安くて高品質」にこだわってしまいました。
労働力の安い他国と「安さ」で勝負するのは無謀だと思うのですが、そうしませんでした。
その結果が現在です。
極端な言い方をすれば「
経済で世界を席巻する」という高度成長期の夢を捨て「
経済規模は小さいけれどあの国の商品はスゴイ」と思わせるような、身の丈にあった世界戦略を取るべきだったのかもしれません。
もう一つの転換点として、サブプライム問題が発覚する少し前、多くの企業は(見せ掛けだけとはいえ)好景気になり、銀行も過去最高の利益を出していました。
あの時に下げていた人件費を上げ、金利も上げていれば、もしかしたら少しは何かが違っていたのかもしれません。
が、今さら後の祭りですね。
そういう事を言い出したらそもそもバブルが良くなかったと言う事になりますし。
近年、欧州を中心に
サステナビリティ(持続可能な社会)という言葉を耳にします。
日本で紹介される場合、環境問題に絡めて使われる事が多い言葉ですが、この言葉自体は現代の行き過ぎた資本主義を戒める言葉としても使えそうです。
少なくとも「
バカ犬芸」は持続可能とは思えません。
欧州の言う持続可能な社会というのは、環境を破壊して人間が住めなくなる世界を作るのではなく、
経済活動を多少抑えてでも人間が住む事のできる世界を作ろう、というような趣旨で紹介されますが、それだけでなく行き過ぎた資本主義が生み出すワーキングプア問題も含んでいるのかもしれません。
安い労働力を求めて世界中を混乱させたり、自国民の生活を犠牲にし
内需を破壊するのではなく、多くの人が人間的な生活を送れるようにしよう、という意味も含まれているのではないでしょうか?
環境破壊だけでなく、低賃金で
経済を活性化させる方法も「持続可能な社会」ではないのですから。
この辺りに日本の現状を改善するヒントが隠されているのではないでしょうか。
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経団連などの言い分が少々腹に据えかねたのでちょっとだけ過激に表現してみました(笑)
経済と経営の専門性の違いというのは、今まであまり認識されてこなかったような気がします。
この記事を書くまで私自身もその違いが漠然としていたのですが、今回記事を書くために念のためにウィキペディアなどで調べてみて、確信しました。
他の人宛のコメントでも触れたのですが、やはり「経済=戦略」「経営=戦術」というような理解のしかたが分かりやすいと思います。
戦略と戦術は別物ですからね。
おっと、三浦介さんには「釈迦に説法」ですね(笑)