福田総理が
内閣改造を実行しました。
今までの内閣は元々安倍内閣をそのまま引き継いだようなものなので、考えようによっては今回の
内閣改造が「福田総理、初めての組閣」なのかもしれません。
前政権から一年近く経ち、引き継いだ内閣も一年以上経ったので各閣僚たちも十分に活躍するだけの機会と期間は与えられたと判断してもいいでしょう(実際に活躍できたかどうかは別にして)
なぜこの時期に内閣を改造する必要があるのか、については色々な意見が出ているようですが、一年以上経っているし、事実上「初めての組閣」ですから今回改造をした事自体は問題は無いと思います(改造の結果はともかくとして)
福田総理が「挙党体制で全力を挙げて」と言うと「今まで全力じゃなかったんかい?」とか「結党以来最大の危機」と聞くと「それを招いたのはどこのどなた?」と意地悪なイヤミを言いたくもなるのですが、今回はよしましょう。
文句ばっかり言っていても意味が無いので。
さて、今回の
内閣改造についてではなく「
内閣改造という行為」そのものについて考えてみたいと思います。
普通に考えれば、総理大臣が組閣をした時点で「そのメンバーが最善」であるべきでしょう。
内閣総理大臣が多くの人材の中から「この人物ならばこの大臣に最適だ」と判断して任命しているはずなのですから、それ以上の適任者が新たに出現しない限りは大臣を替えるべきではないのではないか、と思うのです。
小泉総理が就任当初「私の内閣は改造しない」と言っていましたが(その後改造)本来ならば内閣は改造すべきではないのでしょう。
内閣改造をするという事は総理大臣自らが「この内閣ではダメだ」と判断したという事であり、それは自身の人選ミスを認めることと同義のはずです。
それなのに今まで、
内閣改造という行為を合理的な理由も無いまま漫然と繰り返してきました。
一体何を考えているのでしょう。
今までの日本は経済が右肩上がりで成長し、政治がいい加減でも経済成長がそれを覆い隠していたので、とりあえず大して問題にもなりませんでした。
それをいい事に政界では、政権内の「イス取りゲーム」として気が向いたときに
内閣改造を行っていたように思えます。
自民党内の各派閥に気を使い、派閥の推薦にしたがって順送りに「大臣病患者」を治療していたわけですが、小泉内閣以降それが変わってきました。
経済の成長が期待できない以上、政治の無策が覆い隠されることなく明らかになってしまうので、今までのような漫然とした
内閣改造は難しくなったようです。
それなのに政界の中では、いまだにイス取りゲーム気分が抜け切れていません。
それを報道する側のマスコミもイス取りゲームを前提として報じているので、報道を見ていてもイマイチ説得力に欠けます。
今回の改造に関する報道でも、「都議選の邪魔にならないようにこの時期に実行した」とか「そろそろ総選挙が近い」と言った論調です。
この論調やこういう視点での
内閣改造に対する批評というのは、本当の意味で的を射ているのでしょうか?
わかりやすく言うと、「内閣は国民の幸福のために作られるべきものである」という視点が完全に欠落しているのではないか、と。
本来ならば内閣は「国民のためにあるべきもの」であり、その視点で総理大臣は各大臣を任命すべきでしょう。
ならば各大臣にはその時点で「能力的に最適」と思われる人間を任命すべきで、当然組閣当初がベストメンバーのはずです。
そのベストメンバーを替えるのですから、そこには何らかの理由があるはずで、例えば何か問題を起こしたから責任を取って替えるとか、社会情勢が変わってその人物の能力では上手く対処できなくなったので替える、という理由があるはずです。
場合によっては組閣当時は上手く行っていたが、時間が経つにつれて総理と各大臣との間に認識のズレが生じて替えるという事もあるでしょうが…
いずれにしても内閣を改造するというのは極力避けるべきでしょう。
トップが替われば各省庁も対応を替えねばならないでしょうし、新規の大臣が担当省庁の状況を把握するのだって時間がかかるはずです。
できれば同じ人間が長く大臣を続けた方が、国民にとっては有益に機能するはずです。
首相の権力の源泉は
人事権と
解散権、などと言っていますが権力の維持のためにその権限を使われてはたまりません。
国民主権が前提である以上、首相の権力は国民の幸福のために使われるべきでしょう。
大臣のポストをチラつかせて党内に睨みを利かせ、自らの権力の維持を図るなど以ての外です。
総理大臣が内閣を改造し、大臣を交代させるのならば、前任者のどこがダメで新任者のどこを評価したのかを明確に語るべきです。
政界イス取りゲームのために
内閣改造を行ってはいけません。
内閣改造を行う事自体が「人事の失敗」であり恥ずべき事のはずでしょう。
それなのにただ漫然と
内閣改造を行う…
この自民党の認識が理解できません。
国民無視ではないでしょうか。
確かに
人事権をチラつかせれば、現在の閣僚に緊張感を持たせる事はできるでしょう。
もし内閣を改造しない事を前提にすれば、大臣に任命された者は「これで安泰」と仕事をしなくなるかもしれません。
そういった事態を避けるためには時折「
内閣改造」という「人事評価」を行う必要はあるでしょう。
しかしそれならば現在のように「総理のきまぐれ」で自由に
内閣改造を行うよりは、あらかじめ決めておいた期間に
内閣改造を行うというシステムにしたほうがいいのではないでしょうか。
例えば組閣して半年後とか一年後に必ず
内閣改造を行う。
その際には今までのような理由のはっきりとしない人選ではなく、各大臣に対して「お前のここがダメ」と指摘した上で替えるのです。
もちろんその逆に任命をする際には、なぜ任命してどういう風な仕事を期待しているかを本人に伝えるのです。
そうすれば、「
内閣改造=人事評価」になり、
内閣改造時に大臣を外されるのは無能の烙印を押される事になり恥になるでしょう。
そういうシステムならば各大臣も任命された以上は本気で仕事をせざるを得なくなり、結果として政府や行政が上手く機能するようになると思うのです。
いわば「政界への成果主義の導入」です。
こうやって無能な政治家を排除し、有能な人間を登用するようにした方が、国民のためになるのではないでしょうか。
もちろん大臣という仕事は簡単に評価のできる職務ではないでしょう。
結果がなかなか現れないケースも考えられます。
しかし評価するのは総理大臣なので、そういった状況にも総理自身が配慮をして判断すれば済む話です。
今回の
内閣改造に関して現時点では評価を決めるべきではないでしょう。
が、何のために
内閣改造をし、その結果何をしようとしているのかは国民に知らせるべきでしょう。
福田総理は「安心実現内閣」と名づけました。
そう言うからにはこの布陣の中に「安心を実現できる根拠」があるはずです。
ぜひそれを具体的に聞かせていただきたいし、また今後
内閣改造が行われる際にはこの「安心実現内閣」のどこがダメだったのかを教えて欲しいものです。
人事権は「権力の維持のためにある」のではなく、「国民を幸福にするためにある」という視点を持たなければ、自民党はいつか国民の信頼を完全に失うでしょう。
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確かに首相がどこを目指しているのかで、人選は大きく違ってきますよね。
福田総理がどこを目指しているのかが伝わってこないのが困る所なんですが…
総理以外は適材適所、などという笑うに笑えない事態もいつかは起きるかもしれません。
今回の内閣は「実務型」と評価されているようですね。
そのため目新しさや華々しさがなく、党内からは「これでは選挙で戦えない」という意見も出ているとか。
内閣だけでなく自民党の一般議員にも意識改革をしていただきたい所です。
内閣は「選挙のためにある」のではないのですから。