久しぶりに杉村太蔵議員がニュースになっていました。
この記事によると杉村議員は「北は稚内から南は宮古島まで、ほとんどの
選挙の
応援に行っている」そうです。
そして全国から1800人以上の新規党員を獲得し、党費660万2000円を自民党に持参。
党への貢献をアピールしたそうです。
これに対して自民党の古賀誠選対委員長も「『自分がこれだけやった』というのに一番分かりやすい形」「たくさん集めてびっくりし、感心した」と評価。
杉村議員は北海道からの出馬を強行すると言っていますが、自民党の道連では別の人を擁立する事が決定しています。
この事から報道陣から「反党行為では?」と訊かれ前述の
選挙応援を引き合いに出して「反党行為ですか?」と反論。
え〜と、どこからツッコミを入れるべきでしょうか?
冷静に考えてみましょう。
皆さんは投票する際に、その候補者に何を望んで投票するのでしょうか?
人それぞれだとは思うのですが、上の記述を見てどう思いますか?
少なくとも私は候補者に対して「他の
選挙区の候補者の
応援に行ってもらうため」に投票した事は一度もありません。
杉村議員の場合は比例区での当選のため、純粋に彼に投票した方がどの程度いたのかは不明ですが、彼に投票した方は彼に政治を行って欲しくて投票したのであって、
選挙応援に行って欲しくて投票したわけではないでしょう。
彼が言う稚内から宮古島までの
選挙応援は、自民党からすればなかなか立派な行為でしょう。
しかし、投票をした主権者から見れば「お前、そんな暇があったら国会で議論をしろよ」と言いたくなるのではないでしょうか?
それなのに、この行動を受けて評価してしまう自民党の体質。
彼の
選挙応援が国会の会期中かどうかは知りませんが、議会が無くても
政治家としてやるべき事はたくさんあるでしょう。
それなのに、そういった事を考慮もせずに手放しで評価。
どこを向いて仕事をしているのでしょうか。
さらに一連のこれらの出来事に対して「反党行為では?」という質問をしてしまうマスコミ。
政治記者ならば当然の質問なのかもしれませんが、ここで質問すべきは「あなたの行動をあなたに投票した人はどう感じると思いますか?」ではないだろうか?
マスコミも政治という内輪の世界に入ってしまい、マトモに機能していないのかもしれない。
彼の行為が反党行為かどうかはともかく、反有権者的行為である可能性は十分高い。
投票をした人は彼に
選挙応援をして欲しいのではなく国会で議論をして欲しいはずだし、議会が無い時も国会で活躍するために必要な勉強をしたり、社会問題の現実をするために現場に足を運んでもらうなどを期待しているはずだ。
そのために税
金を払っていると言ってもいい。
それなのに彼は
選挙応援を一生懸命やっている。
しかも自民党はそれを認めている。
つまり自民党にとっての
政治家の仕事の中には「他所の
選挙区での
選挙応援」という物が含まれている、という事になるだろう。
こうなると杉村議員個人の問題ではない。
自民党にとって政治とは何なのだろう?
イス取りゲームか?
民主主義においては数は絶対的な力である。
そのため自分達の理想を実現させるためには議席が必要であり、そのためには他所の
選挙区に行って
応援をするのも立派な仕事、という考え方もあるだろう。
しかし、である。
稚内から宮古島まで
選挙応援に行っていたのでは、本業のはずの議会活動に支障が出るのではないだろうか?
移動は結構疲れるものだ。
まして長距離ならなおさら。
自民党全体が一生懸命数を抑えるために全員で熱心に
選挙応援に行っている結果、疲れてしまって議会で寝ているのかもしれない。
そう、議会とは休息の場なのだ。
それもこれも議会で過半数を抑え、理想の社会を作るためなのだ。
そのためなら議会活動がおろそかになっても仕方が無いのだ。
…ということなのでしょうか?
理想の社会を作るために
応援に行き、その結果議会活動がおろそかになる可能性が出ていては本末転倒ではないだろうか。
そもそも自民党が目指している理想的な社会って、一体どんな物なのでしょうか?
私は今まで生きてきてそういう話を一度も聞いた事が無いのですが、誰か自民党がどんな社会を作ろうとしているのか知っている人はいますか?
日本は官僚支配が続いていて、
政治家がリーダーシップを発揮できないと聞きますが、これだけ
選挙応援が忙しく勉強する暇も無いのではいつまで経っても政治主導などできるはずがありません。
どんなに優秀な人でも時間が無ければ力を発揮できるわけが無い。
投票する人も、誰が
応援に来たかで投票するようではダメでしょう。
本来ならその人物個人の実力を判断して投票するべきです。
中には党の主張が気に入っているから、と投票する人もいるでしょうが、それならそれでやはり
応援など必要無いのではないでしょうか。
党の主義が気に入っているなら
選挙活動などしなくてもその党に投票するでしょうし。
政策を訴えるつもりならばやはり候補者本人が行うべきで、党本部からの
応援などを期待するのもおかしな話です。
その候補者はその党から立候補する以上、当然党の政策を全て理解していなければおかしいですし、その程度の事もできていないような人間に政治をされても困ります。
候補者によっては弁が立たないなどの理由を挙げる人もいるでしょうが、そもそも
政治家は議論をするのが仕事であって弁が立たないような人物は
政治家になるべきではないでしょう。
一体何のために
応援をするのでしょう。
政治家として社会を背負って未来を作っていくのならば、自分の言葉で自分の理念を説明し、他人を説得していくのは当然です。
それを
応援と称して他人に頼るようでは、
政治家としての資質に欠けるとしか言いようがありません。
政治家として社会を背負っていくのですから、なぜ立候補したのか、どんな社会にしたいのか、なぜその党から立候補したのか、党はどんな政策を取るつもりなのか、を自分の口で説明するのは当然でしょう。
そう考えると「
応援」という行為がいかに愚かであるかという事がわかるというものです。
今さらながら不思議なのは自民党の中には派閥があり、それぞれの主義主張が異なっているという事です。
本来考え方が違うのならば同じ党にいる方がおかしい。
それなのに一緒にいる。
結果、党としての理想像がまるで分からない。
党としての理想像が無ければ理念もあるはずが無く、理念が無ければその党から立候補する理由というのも疑わしい物になる。
党にいる理由も怪しければ理念も無い。
そんな状態では説得力のある言葉など生まれない。
逆に考えよう。
仮に、あくまでも「仮に」の話だ。
ここに、ものすごく無能なくせに
権力と
金が欲しくて欲しくて仕方がない人間のクズがいるとしよう。
仮に、なのでクズの頭文字をとってK氏としよう。
このK氏が
権力と
金が欲しくて、そのために
政治家になる事を志したとする。
当然無能な上に
権力と
金が欲しいだけなので理念や理想などありはしない。
理念も理想も無ければ、説得力も無く言葉に力も無く当選など出来るわけが無い。
でも当選したい。
どうするべきか?
よし、人の力を借りよう。
そこで
政治家や有名人に「
応援」に来てもらう事にした。
どうやって
応援に来てもらうか、という点には解決すべき問題があるが、例えばお
金を払ってバイト代わりに来てもらうとか人脈を頼るとか、相手が
政治家の場合は「当選したらあなたの派閥に入ります」と約束するとかで上手く行ったとしよう。特に
政治家相手なら数がモノを言うので派閥が大きくなるためならどんなに無能でも欲しいところだろう。
さて、
応援に来てもらった。
本人が理念も何もあったものじゃないのでどうやって
応援すべきか迷うだろうが、まぁ「この人は高潔な人物です」とか言ってもらえばいいだろう。
政策などに関してはその時の所属政党の公約をそのまま「壊れた蓄音機」のように繰り返していればいいだろう。
言葉に力が欲しい時は「派閥に入る」と約束した相手の
政治家にでも演説を頼めばいい。
派閥の領袖やその側近となっているような人なら、聴衆を沸かすパフォーマンスぐらいは出来るはずだ。
また、そういう人ならそれなりに知名度もあるだろうから、
応援に来てくれた際の影響力は絶大だろう。
そういうことを繰り返していれば、つまり熱心に
応援してもらえば当選する事も可能だろう。
一つ書き忘れた。
条件を一つ足そう。
これらを行うためにはそれをやってくれる政党が必要で、そういう党を選ばなければならない。
その党の条件とは、理念や理想が無く、派閥があっていつも数を頼りにしているような政党でなければならない。
もちろん
権力と
金が欲しいなら弱小政党ではダメだ。
できれば似たような
金と
権力に汚そうな人が大勢いそうなところがいい。
そんな政党でも探せばきっと見つかるだろう。
さて、まかり間違って当選してしまったとする。
当選したらどうなるか。
権力と
金は手に入る。
しかし、それを維持しなければならない。
元々理念や理想など無いのだから、議会活動などできるわけも無い。
そこで国の運営には頭のいい官僚に頑張ってもらおう。
それでも議員活動はしなければならないし、そもそもいい加減な事をして次に落選しては困る。
また、
権力と
金が欲しいなら、議会での議席の数が必要だ。
常に多数派にいなければならない。
難しい議会活動は秘書と官僚に任せるとして、要は数さえ抑えておけば地位は安泰なのだ。
ではその数を抑えるにはどうすればいいだろうか?
そうだ、仲間を増やそう。
でも他所の党の人に「お友達になりませんか?」と言ったところで仲間になってくれるわけがない。
どうしようか。
そうだ。
まだ議員になっていない人や今
選挙をしている人の
応援に行って恩を売っておこう。
そうすれば仲間になってくれるはずだ。
もちろん誰でもいいわけじゃない。
恩を売る以上は自分の次の
選挙で力になってくれそうな人か、仲間になってくれそうな人に限る。
でも、当選してくれなければ意味がないし、誰がいつどこで力になってくれるかはわからない。
こうなったら、誰でもいいから片っ端から
応援に行こう。
地方議会の
選挙でも、
応援に行ったら自分の
選挙の際に力になってくれるかもしれない。
自分の
選挙区と関係のない地方議会でも、そこの
選挙区の国会議員と親密になれるかもしれないし、その地方議員に恩を売ることで、間接的にそこの国会議員に助けてもらえるかもしれない。
どうせ、議会の仕事なんかよくわからないのだ。
スケジュール目一杯
応援に行こう。
演説は上手く行かないかもしれないけど、公約を連呼していれば大丈夫だ。
それにこっちは現職の議員だ。
議員先生が来た、というだけで多くの人間はスゴイと思うだろう。
実は全然スゴくなくても、要はそういう風に錯覚さえさせればいいのだ。
いざとなったら当選と同時に入った派閥の人にも手伝ってもらおう。
例えコイツが落ちても、俺が落ちるわけじゃないし、
応援したという事実があれば恩を売った事には変わりがない。
もちろん当選したら同じ派閥に入ってもらう。
数は力だ。
他の
選挙区に
応援に行く時も付き合ってもらおう。
無能で無名でも議員が束になって行けば何となく箔が付いてスゴそうに見えるはずだ。
こうしてK氏は順調に仲間を増やし、自分の
選挙の際には恩を売った人たちに手伝ってもらい、そのお返しに相手の
選挙の際には
応援に行く事にした。
移動で疲労は溜まるけれど議会中は寝てればOK。
どうせ起きていたって無能だから何もできないし、関係がないのだ。
議会で知り合いにあったら世間話ぐらいはしないとな。
議会は別に私語禁止ではないのでおしゃべりはし放題だ。
他所の党が何かを言ってきたって気にすることはない。
数で勝っていれば相手が何を言っても無駄なのだから。
こうしてK氏は無事
権力の座を手にして、それを長く維持する事に成功した。
現実はこんな風にはならない「はず」だが、可能性としては無くは無い。
少なくとも投票する有権者の判断能力が低ければ、十分成立してしまう出来事だ。
このような出来事が現実に起きていない事を、そして今後も起きない事を期待したい。
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記者クラブというシステムが既得権益化してしまっているようです。
以前長野県で記者クラブを廃止すると言ったら、マスコミ各社から猛反発をされていました。
いわく「知る権利の侵害だ」と。
一方で記者クラブがあるために新規参入が出来ないという意見に対しては黙殺。
マスコミも行政化してしまっているようです。
記者の能力はマスコミ内に縦割りのシステムが出来てしまっているようで、その結果視野の狭い人間が量産されているようです。
もしかしたら、本当に見識のある記者が鋭い質問をして、その結果議員が答えに困ると議員の側から「もう質問は受けない」などと言われてしまう可能性があるため、あえて鋭い質問をしていないのかもしれません。
一社だけ締め出されたら、その会社だけニュースが伝えられなくなるし、記者クラブの閉鎖というような事態を招くと同業者から怨まれますから。
本当は人の顔色を窺うような仕事をマスコミがしていてはいけないのですが。