日本に環境NGOからの批判が集中しています。
「本日の化石賞」にも選ばれてしまいました…
まぁ、当然でしょうね…
何だかとっても情けないです。
日本は京都議定書の議長国でした。
それがこの有様…
京都議定書の際には議長国だったから、カッコつけたかっただけだったのでしょう。
日本だけではないのですが、結局どこの国も本気で環境対策など考えていないのではないでしょうか。
環境保護や温暖化対策をしなければ、そのうち人類は滅びるでしょう。
ですが、それがいつの事かはわからない。
例えば、今年やらないと来年滅びます…と言うぐらい早急な問題ならすぐに対策を考えるでしょう。
しかし滅びるのが100年先か500年先かわからない…
今すぐにでも対策を立てないと引き返せないところまで、すでに来ているのかもしれませんがそういう危機感を肌で感じているわけではない。
自分達が生きているうちに起こるかどうかもわからないことに、積極的になれないのは仕方ないのかもしれない。
むしろ各国とも経済発展をさせ、国民生活を豊かにすることには積極的だ。
それはすぐに肌で感じる事ができるし、国民からの支持も受けやすい。
権力者は権力の座にしがみつきたいものです。
民主主義国家においてはその権力は国民の支持によって成り立ちます。
では国民はどんな人間を支持するのか。
・環境を保護するために、みんなで不便な生活になって貧乏になろう。
・環境をぶっ壊してでも、みんなで豊かになっていい生活をしよう。
こんな二択を出されたら、多くの人が後者を選びます。
環境意識の高い国民性ならともかく、そうでない国のほうが多いでしょう。
本当は生活の質を落とさずに環境保護をできるギリギリの線を探る、というのが現実的なのでしょうが、それをやろうとすると今まで一生懸命手間隙かけて開発してきた新技術を無償提供しなければならない、という事態にもなってきます。
自分達が一生懸命作ってきたものをタダであげる…納得できる人は少ないでしょう。
個人個人のエゴが無責任な政府を生み出し、そして人類を滅亡へと追いやる。
だからと言って今まで開発してきた新技術を、経費さえ回収できない段階で無償提供などできない。
個人のエゴ、とは言ったものの人間にはそれぞれに生活というものがあり、人類のためにお前は死ね、というわけにもいきません。
先進国も発展途上国も問わず、全ての人類が高い意識を持たないと根本的な解決は不可能ですが、そもそも全人類の意識を高める事自体が不可能。
根本的な解決が無理なら、その場しのぎの解決策に頼るしかなく、それゆえの決定力の弱さが中途半端で無意味な国際状況を生み出す。
誰か(どこかの国)が自らの利益(国益)を犠牲にしてでもリーダーシップを発揮して、世界全体を引っ張っていくしかないのだろうが、そうした所で他国が付いて来る保証はどこにもない。
各国間に共通認識も無ければ信頼関係も無い。
お互いに駆け引きを行っているうちに人類が滅亡する、そういう状況になりつつあるようです。
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とりあえず、排出権の市場をつくれば環境整備自体が売り物にできるから、環境破壊のスピードを抑えられるとは思うんだけどにゃ。