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 ニューヨークで始まった「ウォール街を占拠しよう」というデモが、世界各国に広がっているようです。
 このデモ、始まったのは良いのですが段々と主張がバラバラに出てきていて運動としての統一性を欠いている、という指摘もあります。
 ある人は格差社会に対する問題を訴え、別の人は戦争反対を訴え、他の人はまた別の事を訴えている、というような具合。
 日本でも反原発が混じったりしています。
 主張はバラバラですがとりあえず共通しているのは現代社会に対する問題意識、という事でしょうか。

 このデモに関しては人それぞれに色々な見方がありそうなのですが、個人的にこの格差社会の問題をもう一歩踏み込んで考えてみたいと思います。
 現代社会、特にアメリカを始めとする先進国は基本的には「資本主義」で「民主主義」です。
 資本主義にも民主主義にも基本的なルールがあります。
 資本主義でよく言われている一般的なルールの一つが「リスクとリターンは等しい」というもの。
 多くのリターン(見返り)が欲しければ、それに見合ったリスク(危険)を引き受けろ、というものです。
 「ハイリスクハイリターン」「ローリスクローリターン」と一括りに使われる事もある言葉です。
 現代の社会で大きな格差が生じてもこのリスクとリターンが等しいのだから当然、という考え方が浸透しているわけですけど…
 この「リスクとリターンは等しい」というのは本当なのでしょうか?

 大金持ちはそれ相応のリスクを取っているからリターンが大きいのは当然、という事になっていますが大金持ちと言っても様々な人がいます。
 様々な人というとちょっと曖昧なので「お金持ちになる方法は人それぞれである」とここでは解釈してください。
 この人それぞれの方法なのですが、具体的には「起業する」とか「投資する」というのが一般的でそこにそれぞれに大きなリスクがある、という事になっています。
 起業する、というと確かにリスクがあります。
 成功するか失敗するかわからない事に自分の人生を賭け、自分の資金を賭け、場合によっては借金もするでしょう。
 これがリスクです。
 起業して失敗すれば自分の人生が大変な事になる、だから成功したならそれ相応のリターンを得て当然、という考え方です。
 この考え方は間違ってはいないでしょう。
 とは言ってもビル・ゲイツのような人を見ていると個人的には「この人何兆円も稼ぐほどのリスクを取ったのだろうか?」という素朴な疑問はありますが。
 彼が取ったリスクって多くても数千万円ぐらいのような気がするので、リターンが大き過ぎるのではないかという気はします。
 しかしそれでも、リスクは取っているし、もしも会社が潰れれば彼はすべてを失うでしょうから、ある程度なら彼のような起業家が大きなリターンを得るのは正当な対価と考えられます。
 もう一つの投資家はどうでしょう。
 有名なのはウォーレン・バフェットやジョージ・ソロスでしょうか。
 彼ら投資家も大きなリターンを得ていますが、当然それにふさわしいリスクも取っています。
 株にしろ為替にしろ先物にしろ、投資というものは自分の資産(もしくは誰かから預かった資産)を運用するわけで、失敗したらそれらをすべて失うかもしれません。
 信用取引をしていたら、元本だけでなくそれ以上の借金を抱え込む可能性もあります。
 リスクに対してリターンが多過ぎるかどうかはともかく、やはりそれなりのリスクを取っているので彼らの得ているリターンも正当な対価と考えられるはずです。

 起業家や投資家が大きな報酬を得ているのは、程度に問題はあるかもしれませんが正当な報酬と考えても良いと思うのです。
 しかし、世の中には「それ、本当にリスクを取っていると言えるの?」という不思議な人たちがいて、大きなリターンを得ていたりします。
 私が個人的におかしいと感じるのは「創業者ではない経営者」です。
 特にアメリカの経営者は時として100億円を上回る報酬を得ていたりします。
 自動車などのメーカーなどだけでなく、リーマンショックを引き起こした金融関係の経営者にもこの手の人がたくさんいます。
 彼らを擁護する人たちはいいます。
 「莫大な報酬を用意しないと優秀な経営者が雇えない」と。
 彼らの主張によると彼らの莫大な報酬の正当性の根拠は「彼らが優秀だから」という事になります。
 資本主義のルールは「リスクとリターンが等しい」というものであって、「優秀さ(自称)とリターンが等しい」というものではありません。
 変な言い方ですが、「どんなバカでもリスクを取ればそれに見合ったリターンを得る資格がある」というのが資本主義のルールです。
 現実にはバカなのにリスクを取るだけで成功する可能性は低いですが、どんなに低かろうと、それが実力ではなく運によるものであったとしても、リスクを取っていればリターンを得る事は正当と言えます。
 逆に言えば、どんなに優秀であってもリスクを取らなければリターンを得てはならない、という事にもなります。
 さて、「創業者ではない経営者」の人たちは果たしてリスクを取っているのでしょうか?
 また、本当に彼ら自身がいうように「優秀」なのでしょうか。
 まず第一に「優秀」に関しては疑問符が付きます。
 少なくともサブプライムローンというものを作って勝手に売りさばいて破たんさせ、リーマンショックを引き起こしたのは「失敗」です。
 本当に優秀ならばそういう失敗は避けられたでしょうし、例え避けられなかったとしても結果として「失敗」をしたのだからそれにともなう責任を取りリスクを負わなければなりません。
 もし起業家なら会社が潰れて借金が残るかもしれません。
 少なくとも資産の多くは失うでしょう。
 投資家も同様です。
 それがリスクを負う、という事です。
 ではこの「創業者ではない経営者(自称優秀)」な人たちはどんなリスクを負ったのでしょう?
 100億円を報酬として受け取っていたような人たちです。
 リスクとリターンが等しいのならば、100億円を失うぐらいの状態にならないとおかしいはずです。
 しかし実際は…
 一時的には報酬が下がった事もあったでしょうが、職を追われる事も無く自らの資産を大幅に毀損する事も無く、いつの間にやら高額報酬が復活しているような人たち、もいるようです。
 リスクとリターン、等しくないですよね?
 さらに言えば金融関係は公的資金の注入という形で税金を使って助けてもらっています。
 事実上、リスク取っていませんよね?
 お金の問題だけでなく、起業家のように自分の人生が台無しになるかもしれないというリスクも負っていなければ、投資家のように自分の資産をすべて失うリスクも負っていない。
 なのにリターンだけは起業家や投資家のようにガッチリと貰っているし、以前から貰い続けていた。
 サブプライム以前は「リスクを取っているのだからリターンを得るのは当然」と主張し莫大な報酬を得ていて、いざ有事の際には「リスクを取らずに国に助けてもらい」、にもかかわらず「相変わらずリターンは得ている」…
 リスクとリターンのルールはどこへ?
 明確なルール違反ですよね?

 また、「自称優秀」な人たちは莫大な報酬の根拠の一つとして「大きな責任を負っているから」という理由づけをする事もありました。
 いわく、「私が判断を誤れば社員全員が路頭に迷う」というもので「私は社員全員の人生に責任を持っているので高い報酬を得るのは当然」という論法です。
 …これ、正しいの?
 社員全員の人生に責任を持っている、という主張はウソですよね。
 少なくてもこの言葉を使うのならば「景気が悪くなったから社員を解雇」という選択肢は選べません。
 でも現実には選んでいる。
 もう一つ、「大きな責任」という言葉も見過ごせません。
 この責任が社員に対するものなのか株主に対するものなのか社会全体に対するものなのかはわかりませんし、その責任がそれなりに大きいものだ、というのは理解できます。
 が、それは果たして100億円を超えるほどの責任なのでしょうか。
 例えば同じように大きな、否、それ以上に大きな責任を負っていそうな人物がいます。
 「アメリカ大統領」です。
 他の国の国家元首でもいいです。
 この人たちの報酬、確か数千万円ですよね?
 でも責任は重大です。
 何せ国民全員の人生を全部背負っているわけですから。
 アメリカの全人口は3億人程度のようです。
 3億人の人生を背負って報酬は数千万。
 これをベースに考えると100億円を受け取っていい責任の基準は人口300億人以上という事になります。
 今現在の世界の人口が70億人ぐらいと言われていますから、「自称優秀」な人たちはその報酬を正当化するには地球4個分以上ぐらいの責任を負っていないとおかしい、という事になるはずです。
 明らかに貰い過ぎです。

 一方、デモをしている人たちは経済的には成功をしていない人たちだと思われます。
 貧困層とまではいわなくても、要するに「普通の人」たちという事になります。
 リスクとリターンのルールで考えると、「普通のリスクを負っているから普通のリターンを得ている人たち」という事になります。
 彼らは現在深刻な状況にあるはずです。
 失業したり医療費が高くて病院に行けなかったりという人もいるでしょう。
 場合によっては生活が危うい→そのうち食事に事欠き生命も危うい、という事になるかもしれません。
 そこに増税という可能性もあるわけです。
 彼らの基準からすればかなりのリスクを負っているとも言えます。
 そのリスクに対して、彼らはどの程度のリターンを得ているのでしょうか?
 「自称優秀」な人たちは「リスクを取っているフリをしてリスクを取らずにリターンを得ています」、ならば「リスクを取っていないように見えてリスクを取らされている普通の人」はそれなりのリターンを得ていないとおかしいはずですが、得ていないからデモをしているわけです。

 「資本主義」、という意味ですでにルールが破られています。

 「民主主義」はどうでしょう?
 「反ウォール街デモ」では「我々は99%だ」というスローガンが掲げられています。
 これは多くの富を1%の人が独占している、という主張の裏返しなわけですが、民主主義という点で見るとちょっと奇妙です。
 民主主義は多数決です。
 民主主義の理想では「全員で納得する事」が目標でそのためには多数派の意見だけでなく少数派の意見も尊重しよう、という考え方があります。
 往々にしてこの理想は破られ少数派の意見は無視され、数の暴力がまかり通る、というのが民主主義の欠点と言えます。
 さて、99%。
 額面通り受け取れば「圧倒的多数派」です。
 民主主義で考えれば勝利間違いなし、という数字です。
 その人たちがデモをしている=その人たちの主張が社会に反映されていない、という事と考える事も出来ます。
 …えーっと、「民主主義が機能していない」という事でしょうか?

 アメリカという国は一般的なイメージの置いて「資本主義」と「民主主義」のお手本のような国、となっているはずです。
 そのアメリカにおいて資本主義のルールが破られ、民主主義が機能していないというのは、冷静に考えると恐ろしい事です。
 デモを起こしている人たちの現代社会に対する違和感の根源にはこの「ルールが守られていない」という怒りが含まれているのではないでしょうか。
 今まで資本主義や民主主義を標榜していて、格差問題を含め様々な社会的矛盾が「ルールに則っている」という事で納得させられてきたのに、ここに来てルールが全く守られていない事が明らかになってしまったわけです。
 これに対して怒るのは当然ですし、そういう怒りが根底にあるのならばこの問題はなかなか解決しないのではないでしょうか。
 少なくとも「自称優秀」な人たちはルールを守って自らの失敗に相当した「リスクを負う」もしくは「ペナルティを払う」かをしなければ「99%の人たち」を納得させるのは困難だと思われます。
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