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 …開いた口がふさがらない。
 鳩山前総理引退撤回、だそうです。
 理由は「国難といえる時に自分だけ辞めていいのか」だそうです。
 …辞めて良いです。
 辞めて下さい。

 そもそも、元総理だの前総理だのが影響力を残しているような政治は良くない、というのが民主党の考えだったはず。
 それを一切無視した発言です。
 国難といえる時に辞めていいのか、って言葉は立派ですけどアンタ総理大臣の時一体何をやってたの?
 国難といえる時に自分の金銭問題やら小沢やらで国会審議を止めていたのはお前じゃないのか?
 政治主導で迷走して混乱させたのもお前じゃないのか?
 この国難を招いたのが鳩山だ、とまでは言わないけど、総理の時に大きな功績を残せなかった人が一議員として何か出来るの?
 むしろここで総理を辞めて、総理経験者が政界を離れた上で国に対して出来る事、というまったく新しい道を探っていく事の方が長い目で見て国家の役に立つんじゃないの?
 どんな人間でも総理経験者は総理経験者なのだから、個人的に海外に行ったとしてもそれなりの対応はしてくれるはずだ。
 海外の偉い人にだって「会って話をしたいのですが…」といえば邪険にはされないだろう。
 もしかしたら政界を引退しているからこそ聞ける本音というのもあるかもしれないし、議員じゃないから出来る事というのもあるかもしれない。
 海外の有力な政治家には結構そういうタイプの人もいたはずだ。
 例えばアル・ゴア元米副大統領とか。
 鳩山家には財産もあるし知名度も人脈もあるのだから、その気になれば社会運動を起こす事だって可能だろう。
 「年越し派遣村」みたいなものを自分で指揮する事だって出来るだろうし、そういった人たちをいろいろな方面からサポートする事だって出来るはずだ。
 政界にいなければ社会を良くする事が出来ない、というわけでもないだろう。
 それなのに、引退撤回…
 これでまた自民党が「嘘つき」とか言い始めて政治が変な風に混乱するのだろう。
 この「国難といえる時」に自ら火種をバラ撒いてどうする?
 ただでさえ民主党への信用がなくなってきている時に、さらに信用を無くすような事をしてどうしようというのだろう?
 まったく理解できない。
 さすが「宇宙人」
 民主党もこの人をかばっていると一緒に落ちて行ってしまう気がする。
 いっそ離党勧告でもすればいいのに。
 せっかくだから弟さんと二人で新しい政党でも作ったらどうでしょう。
 ついでに小沢さんも誘って…
 …与党が割れるとマズイかな?
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 検察が何だか面白い事になってます。
 先の大阪地検特捜部の証拠改ざん事件に絡み、前副部長佐賀元明容疑者の意向で弁護士が取り調べの完全可視化を要求したそうです。
 検察といえば今まで取り調べの可視化には消極的でした。
 理由としていつも挙げられているのが、容疑者との信頼関係が築けない、という部外者からすればよくわからないもの。
 で、今回可視化を要請したのはつい先日まで検察のエライ人だったお方。
 副部長というのが検察内でどの程度のポストなのかは定かではありませんが、まぁそれなりの幹部クラスなのでしょう。
 そういう地位にいた人なら当然在職当時は「可視化なんてとんでもない」と主張していたはずです。
 そういう人からの可視化要請…
 何か、今までの検察の問題点をこの行動が全て物語っているように思えるのですが気のせいでしょうか?
 つまりこういう事ですよね。
 検察の取り調べが密室化している事は「検察にとって大変都合がよく、容疑者にとっては非常に不利益である」と。
 そうでなければ内実を良く知っている元検察副部長が取り調べの可視化など要求するわけが無い。
 この人は「取り調べの密室化がいかに理不尽か」という事を、よ~く理解しているので可視化を要求したのでしょう。
 実際にこの要求が通るのかどうかは不明ですが、この人のこの行動は検察という組織の内情を知るヒントとしては極めて重要なのではないでしょうか。
 先日まで「可視化する必要は無い」と言っていたであろう人が、自分が容疑者側になった途端に方針変更。
 この行為一つとっても常識的に考えて「検察の密室内の取り調べが異常」という事を表しているのではないでしょうか。

 時を同じくするように民主党の小沢さんにも強制起訴という判断が下されました。
 政界では早くも「小沢有罪」という雰囲気ですが、当然これも違いますよね。
 起訴されただけで有罪というわけではないのです。
 そしておそらく小沢さんは有罪にはならないのではないでしょうか。
 今までの検察の「確実に有罪に出来るまで起訴しない」という姿勢の元、何度も不起訴になっているということは小沢さんを有罪にするだけの証拠が集まっていないのでしょう。
 なので、実際に裁判になったら証拠不十分という事で無罪になるのだと思います。
 でも、問題はそこではないのではないでしょうか。
 検察審査会が何を思って小沢さんを強制起訴にしたのかはわかりませんが、国民の感情として小沢さんの行動が不自然だから真相を明らかにしてほしい、という思いがあるのではないでしょうか。
 今までは司法という場所は「有罪か無罪か」を決める場所であり、どういうわけか検察は「有罪にする事」に異常なこだわりを見せ、その結果「有罪率99%」という先進国の中でも明らかに異常な数字を作り上げ、その裏では「有罪にできそうに無ければ不起訴にする」という自ら勝手に裁判所の役目を担う様な行為をしたり、有罪に出来なければ無能と見られるという変な空気を検察内に作り出し、その結果が証拠の改ざんや強引な取り調べに繋がっていたりするのでしょう。
 今まで何となく「検察=正義」というぼんやりとしたイメージを持ち続け、それをさらに理想化しようと検察が変な方向に頑張って来た結果が現在の状況です。
 取り調べの可視化は拒否して強引な取り調べをし、証拠を改ざんし、自分たちで自主的に有罪無罪を決めてしまうという裁判所に対する越権行為…これが現在の検察の醜い姿なのでしょう。
 この状況は明らかに異常なのに、なぜか日本社会では今までほとんど問題視されておらず、そういった意識さえないため政治家たちですら「起訴=有罪」というおかしな先入観で平然とものを言っている。
 どこからどう修正をしていけば良いのかすらわからないぐらいの、全方面での事実誤認。
 本来ならば有罪か無罪かを決めるのは裁判所なので、検察は逮捕した容疑者はどんな状態でも100%起訴すべきです。
 もし誤認逮捕をしてしまっても、「これは誤認逮捕でした」という証拠を一緒にして裁判所に行き、裁判所が「あなたは誤認逮捕なので無罪です」と判決を下すのが、本来あるべき司法の姿のはずです。
 そういった面倒だけど正規の手続きをなあなあで誤魔化してきたツケが一気に回ってきているのではないでしょうか。
 そして、最近の裁判に対する意見として「真実が知りたい」という欲求が高まってもいます。
 殺人事件の被害者遺族からも「事件の真相が明らかになる事」を望む声が頻繁に聞かれるようになりました。
 この事や、取り調べの可視化、そして小沢さんに対する強制起訴などはすべて「真実が知りたい」という国民の欲求が背景にあるのではないでしょうか。
 かつての司法の場は「有罪か無罪か」を決める場所であり、その中身はブラックボックス化していても国民は気にしませんでした。
 しかし、ここ数年においては「有罪か無罪か」ということよりも「真実は何か」という事を重視している傾向が強くなっていると思われます。
 国民の多くは「何が起きているのか」という事に対して非常に敏感になっているのでしょう。
 通り魔事件が発生すれば「なぜそのような事が起きたのか」という点に注意が行き、政治家の不正が起きれば「なぜそういうことをするのか、悪事の手口はどういう方法なのか」といった点の解明に注意が行っているのでしょう。
 その期待に応える方法の一つが取り調べの可視化でもあるのです。
 小沢さんの問題にしたって、有罪か無罪かというよりは「なぜあのような不自然な金の流れがあるのか」というのが、気になっている理由の主なところでしょう。
 なぜ政治に金が必要なのか、なぜ不自然な金の流れがあるのか、そういった国民の疑問に対してきちんと向き合っていないから強制起訴をされるのです。

 国民はおそらく「社会がどうなっているのか」という事を正確に理解しておきたいのではないでしょうか。
 それゆえに今まで不透明で不自然だった物事に対して違和感を覚え、真相を知りたいと感じ始めたのでしょう。
 以前から政界に対して「クリーンである事」を国民は望んでいますが、それは同時に「すべてがオープンである事」を望んでいるとも言えるでしょう。
 昔なら「クリーンなイメージ」だけで良かったのですが、最近は「本当にクリーンである事」が要求されています。
 それを確認するためには「オープンである事」が求められ、同時に「わかりやすい事」も求められています。
 そういった要請に政界が応えないから「裁判で真相を明らかに」という要求をされる。
 そして司法に求めているのが「真相を明らかにする事」なので、取り調べの可視化を要求している。
 「有罪か無罪か」は確かに重要ですが、それ以上に「真相を知りたい」という要求の方が大きくなっている。
 これはもしかしたら国民の物の考え方が大きく変化しているのかもしれません。
 以前の国民ならば「司法が下した事が正義」と、正義という価値観でさえ受身でした。
 が、今は「真相を明らかにせよ」と要求している。
 これはつまり「正しいかどうかは自分たちで判断するので、その判断材料を示せ」と自発的に物事を考えるようになったのかもしれません。
 お上が決めた「正義」を盲目的に信じる受動的な態度から、何が「正義」かは自分たちで決めるという能動的な態度に国民の意識が変化し始めているのかもしれません。
 「国民主権」という意識がようやく根付いてきたのかも。
 反面、こういう「何が正しいかは自分たちで決める」という姿勢は「正義の暴走」という事態を生み出しやすく、一歩間違えれば社会全体を危険な方向へ押し流してしまう恐れも含んでいます。
 自分で物事を判断するのは大切ですが、同時にその事の危険性も認識しておく、そういう意識を持つのが重要な社会情勢になってきたのではないでしょうか。
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