一言談話室

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 ついに政界にも成果主義の洗礼が起きるようです。

 とは言っても国会ではなく、ある地方議会の話。
 熊本県五木村議会では議員の月額報酬の2割を成果報酬にし、質問の内容などをランク付けして支給額を決める事にしたそうです。
 まだ正式に決まったわけではないようですが3月の定例会に条例案を提出し、新年度からの導入を目指しているとか。
 この制度、まずは月額報酬の8割を基本給として毎月支給し、残りの2割を成果報酬分として年度末に一括支給するそうです。
 成果報酬のランク付けは議長が任命する5人以内の評価委員が評価し、評価への異議申し立ては一切認めないとか。
 ランクは3段階で、満額支給、半額支給、ゼロとなる予定のようです。
 何だか面白そうな制度ですよね。
 この村議会、定数が10人とかなり小さい議会です。
 この小ささゆえに可能な制度なのかもしれませんが、こういう制度を導入しようとする自治体が現れた事が嬉しいです。
 村という狭い社会での事なので、どこまで成果主義を客観的に公正に審査できるのかどうか、少々心配ではありますが、是非上手く運用し成功例になって欲しい所です。

 国会では自民党が審議拒否を決め込んだそうですが、国民から見るとこれは単なる職務放棄に思えます。
 もちろん自民党にはそれなりの言い分があるでしょうし、与党の民主党だって以前やっていたのだから文句を言える筋合いではない。
 政界の中ではお互い様なのでそれはそれでいいのかもしれませんが、国民からすれば一方的に職務放棄をしているくせに歳費だけはキッチリ満額受け取ってるので、詐欺にあっているような気分です。
 前述の村議会のように成果主義が導入されれば、少なくとも審議拒否はなくなるかもしれませんし、仮にその議会が事実上の独裁状態で議論自体が茶番劇であったとしても、質問の内容によって受け取る報酬額が変わるとなれば、国会の場での質問がもっと緊張感のある内容に変わる可能性があるわけです。
 例えその場において数の暴力でもって却下されたとしても、国民としてはその質問によって現在の国の政治の問題点を知る機会になる可能性だってあるわけです。
 議会における言論の自由と知る権利の確保、という所でしょうか。
 議員も質問内容によって収入が変わるとなれば、時間つぶしの無意味な質問が無くなり、相手の急所を付いたり制度の隠れた問題点を指摘するなど、一生懸命頭を使うようになるでしょう。
 その結果、社会にたくさん存在するであろう隠れた問題点を議員自身が積極的に探すようになるかもしれません。
 誰かが陳情に来て教えてくれるのを待つのではなく、積極的に自分の点数になりそうな社会問題を探し、それを解決する事で自分の利益に繋げ、同時に社会問題も解決する。
 こういう流れが生まれれば、社会がもっと良くなっていく可能性があるのではないでしょうか?

 現在の国会では、このような成果主義の導入は難しいかもしれません。
 先日もかつて与党だった某政党の大物政治家達が、自分達が目立ちたいがために若手や中堅クラスの質問時間を奪い、議会で演説まがいの無意味な弁論を延々と披露していたそうです。
 そのせいでせっかく「いい質問をしよう」と一生懸命準備してきた若手や中堅クラスの議員たちの出番を奪い、当然それらの質問にも一切触れられないままだったそうです。
 最早老害の域です。
 そのせいで若手や中堅からのベテランに対する反発心が強まり、党が求心力を失い始めているとか。
 もし成果主義が導入されたら、こういうアホな老害議員の報酬は当然減っていくわけです。
 なにせ無意味な質問をすると評価されなくなり、成果報酬分の収入が一切入ってこなくなるわけですから。
 逆に良い質問をしていけば収入も上がっていくわけです。

 今の国会のような質問時間の制度では上手く機能しないかもしれません。
 全部で10人しかいない村議会と違って、国会議員は数が多過ぎます。
 とても全員に十分な質問時間を一律に配分する事は出来ないでしょう。
 しかし、党内で、例えば政党助成金の配分を調整する事などは出来そうですよね。
 一律に支給するのではなく、良い質問を考えた議員には多めに配分するとか。
 質問時間の問題は残りますが、例えば現在行われているであろう、派閥ごとの質問時間の配分を利用し調整してはどうでしょう。
 派閥に所属している議員がその派閥の質問時間を全て使っても良いし、派閥の領袖が代表して質問をする、という形でも良さそうです。
 そうなると派閥の領袖もただ数を揃えるのではなく、良い質問を考え出せる優秀な議員を集めようと必死になるはず。
 各議員もお互いに競争したり、時には協力し合ったりする事で質問の質を上げようと努力するでしょう。
 そうなれば、現在の制度のままでも政治の質を上げる事は可能なのではないでしょうか。
 与党から野党に転落し、どうやって議員のモチベーションを高めて良いのかわからないのならば、こういうやり方もあると思うのですが…
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 以前鳩山総理が演説で言っていた「労働なき富」は社会的大罪である、という指摘。
 本当に正しいのでしょうか?
 どうもあの演説以降気になってずっと考えていたのですが、具体的に考えていくとどうにも良くわからなくなります。
 あの発言の直後議会では鳩山総理に対して「お前が言うな」みたいなヤジが飛び、批判も全てそういう論調だったわけですが…(個人的には同時に言った「理念なき政治」の方にも触れていくべきだと思うのですが、なぜか与野党及びマスコミそろってスルー…なぜ? 「理念なき政治」に関してはまた別の機会に書きたいと思います)
 言うまでも無く、あの発言は鳩山総理自身が受け取っていた母親からの資金に対する批判を生んでしまいましたが、そもそも「労働なき富」とは具体的に何なのでしょう。
 私はガンジーに関しては学校の教科書で学んだ程度の知識しかありません。
 また、もしかしたらあの言葉自体翻訳する過程で何か意味が抜け落ちたり微妙にニュアンスが変わってしまっているかもしれませんが、とりあえずこの記事では日本語になっている「労働なき富」という言葉を文字通り受け取った上で考えてみたいと思います。
 「労働なき富は社会的大罪である」この言葉は道徳とか倫理面では間違いなく「正しい言葉」だと思います。
 しかし、この言葉をそのまま現実の、今われわれが生きているこの社会に当てはめるとどうなるのでしょうか?
 あの演説の流れとその批判の内容、および昨今の社会情勢を考えるとあの発言における「労働なき富」とは「不正な政治資金」とか「金融危機を引き起こしたマネーゲーム」などに対する警句なのだと思います。
 ではさらに具体的に考えて行きましょう。
 鳩山総理が受け取っていたあの資金ですが、脱税という問題はともかくとして文字通りの「労働なき富」に当たるのでしょうか?
 確かに彼はあの資金を受け取るにあたり、おそらくそれに見合うだけの労働はしていません。
 しかしあのお金は元々総理の母親のもの。
 「脱税」というのもそもそも「贈与」もしくは「相続」に関して税金を払っていない、というのがポイントだったわけです。
 しかも総理のケースの場合、贈与税といってもそれは「生前に相続するに当たって支払う相続税の前払い」という意味合いが強い。
 つまりあれは「贈与」といいながらも事実上の「相続」なわけです。
 鳩山総理があの資金を受け取ることが「社会的大罪」と言うのならば、それはつまり「親から財産を相続する事」が「社会的大罪」という事になります。
 …いいんですか、それで?
 鳩山総理は確かにたくさんのお金をもらっていました。
 が、それはあくまでも相続なわけです。
 脱税はいけませんが、相続まで否定するのはどうなんでしょう?
 相続と言うのは金額の差はあれ、どの人にでも発生する出来事ですよね。
 これを読んでいるあなただって、親から少しくらいは財産を相続したか今後するでしょう。
 また、あなた自身がわが子に対していくらかでもお金を残したい、と思うかもしれません。
 それら全てを「社会的大罪」としてしまってもいいのでしょうか?
 親が子に与える愛情表現の一つ=遺産=社会的大罪
 親の愛は罪ですか?
 こういう風に順番に考えていくとおかしいですよね。
 あの批判が的外れなのか、それともガンジーの教えがおかしいのかはわかりませんけど…
 金額が大きいのが問題なのでしょうか?
 そういう問題でも無いと思います。
 例えば1億円以上が罪で、それ以下は罪ではないとしましょう。
 1億円はダメだけど9999万9999円はOK…
 そんなバカな!
 金額を変えたところで、そもそも金銭の多寡で線引きをしようというのがナンセンス。
 ダメなものは1円でもダメだし、OKなものは100億円でもOK…「罪」という言葉を使う以上はそういう考え方が妥当なはず。
 では、鳩山総理が受け取ったお金の出所がマズイのでしょうか。
 あのお金は総理の母親の物です。
 さらに突き詰めれば総理の祖父の物。
 総理の祖父はブリヂストン創業者で、あのお金はその時築き上げた資産の一部でしょう。
 あのお金を受け取るにあたり総理自身は労働はしていませんが、元々は祖父が働いて得たお金です。
 「祖父が労働して得た富」を孫が相続する…罪ですか?
 お金の金額や出所がマズイというのならば、それはつまり「資本主義の全否定」です。
 それとも「会社の創業や経営」が「労働ではない」という事なのでしょうか?
 それもやはり「資本主義の全否定」になります。
 ガンジーは「資本主義=社会的大罪」と資本主義自体を切り捨てたのでしょうか?
 わかりません。
 もし「資本主義を切り捨てたわけではない」とするのならば、そもそもガンジーの言う「労働」とは何か、と言うところを突き詰める必要がありそうです。

 何となく、ガンジーの目指していた社会のイメージを予想すると「労働=肉体労働」のようなイメージが涌いてきます。
 が、7つの大罪の他の項目の中に「科学」とか「商業」という言葉が入っているところをみると頭脳労働を否定しているわけでもなさそうです。
 つまりガンジーとしては「頭脳労働も労働の内」なのでしょう。
 では「労働なき富」という言葉にとても近い意味の日本語を考えてみましょう。
 「不労所得」です。
 もう、そのまんまです。
 「労働なき=不労」「富=所得」です。
 字面とその意味だけで考えると完璧な一致です。
 「不労所得=社会的大罪」これでいいのでしょうか?
 …ちょっと待ってくださいよ。
 不労所得がダメとなると発明家とか科学者が一生懸命頭脳労働をして作り出した「特許」によって受け取る「特許料」もダメ、という事になります。
 いいんですか、これで?
 不労所得はけしからん、だから特許料もけしからん、ゆえに科学者や発明家はそういった類の対価を受け取ることまかりならん…
 そんな事を言ったら、誰も発明とかしなくなりますよ。
 文明の進歩とか一気に止まります。
 いいんですか、それで?
 それとも科学者や発明家は「趣味で行うべき」とでも言うつもりでしょうか?
 また、特許で利益を上げるためには科学者や発明家自身が会社を立ち上げて商品化までして、自分で生産工場などを経営しなければならない、という事なのでしょうか?
 とたんに特許で収入を得る事のハードルが上がってしまったのですが…
 また、優秀な科学者や発明家ならば特許料によって得た収益を利用して次の発明のための研究資金にすることもあるでしょう。
 それなのに、ガンジー式だと次に繋がる研究資金を得るためのハードルが上がるか、会社の経営のために研究をする時間が無くなる、という事態も招くでしょう。
 やっぱり文明の進歩が止まりそうです。
 音楽家や作家の印税などはどうなるのでしょうか?
 やっぱり不労所得なのでダメなのでしょうか。
 以前日本でも著作権に関して色々と問題が起きていましたよね。
 音楽の違法ダウンロードやコピーが横行すると、音楽家に印税が渡らなくなり、結果として音楽家の創作意欲を削いでしまう、とか。
 作家の方も「中古本」に関して、新刊が大量に古書店に持ち込まれることで作家が受け取る印税が減ってしまい、やはり創作意欲を削ぐ、と問題視されました。
 印税が少し減るぐらいでも大騒ぎなのに、印税というシステム自体を全否定したらどうなるのでしょう?
 文化が完全に停滞しますよね。
 ガンジーさん、文化と文明も全否定ですか?
 違いますよね、多分…
 そういうことではないんですよ、きっと。

 ああ、そうだ。
 不動産だ。
 家賃とか取ってる大家さんがダメなのだ。
 あれこそまさに「不労所得」だ。
 そうだ、家賃をタダにしよう…
 無理ですよね。
 大家さんが大家さんなのは不動産投資をしているからです。
 大家さんは自分のお金か借りたお金でアパートなりマンションなりを買って、それを貸し出して利益を得ているわけです。
 当然「不労所得」なのでそれを禁止してもいいのですけど、そうなると誰もアパートとかマンションを貸したりしなくなりますよね?
 誰が好き好んで自分のお金を使って建物を建ててそこにタダで他人を住まわせるんですか。
 ましてわざわざお金を借りてまでそんな事をしようという人間などいません。
 不動産所得は不労所得なので社会的大罪である、などとすると全ての人は自分で住む家を全て買い取らなくてはなりません。
 大変ですよ、これ。
 引越しもままなりません。
 転勤とかになったらもう悲惨。
 人に貸す事もできない(不労所得を得る事になります)から売るしかないのに流動性が低いからいつ売れるか分からないし、買ったときより高く売れるとも限らない。
 その上転勤先でも新たに自宅を買わなくてはいけない。
 人生どうにもなりません。
 社会が、経済が、停滞しますよ。

 そうだ、株とかの投資や投機で利益を上げることがダメだ、と言ってるんですよ。
 そうに違いない。

 …本当にそうでしょうか?
 例えばファンドマネージャーとかデイトレーダーなどの個人投資家などは、ただ闇雲に資金を投下しているわけではありません。
 きちんと財務諸表などのデータを分析して、総合的な判断を下しているわけです。
 つまり彼らは「頭脳労働」をしているわけです。
 データを分析する事や判断を下す事は頭脳労働ですよね?
 違いますか?
 世の中には経理や財務、マーケティングなどデータを扱う仕事がたくさんあります。
 それらも当然「労働」の範囲に入りますよね。
 また、判断を下す仕事もあります。
 例えば裁判官。
 極論すれば「判断するだけ」のお仕事です。
 裁判官は「労働」ですよね?
 「データの分析」も「判断」もそれぞれ単独で「労働」と認識されているのに、それが合わさった「投資」や「投機」が「労働ではない」というのはあまりにも乱暴な話です。
 「投資」や「投機」によって利益を得る事も「労働なき富」には当てはまらない、と考えてもいいですよねぇ?
 ダメですか?
 いやいや、やっぱりダメでしょう、だってそもそも利益を上げすぎているし、そもそも自分のお金じゃなくて他人のお金を運用しているだけだし、仮に「労働なき富」には当てはまらなくても他の7つの大罪の一つ「道徳なき商業」にも当てはまってるじゃないか…やっぱりマネーゲームは「労働なき富」だからダメだろう。
 まぁ、確かに表面的にはそうなんですけど、実は微妙に異なってたりして…
 もうちょっと考えてみましょうか。
 マネーゲームをやっているのはヘッジファンドとか投資銀行とか保険会社とか、まぁそういう人たちです。
 まぁ、こいつらけしからんわけですよ。
 そういう議論をみんながしているわけです。
 で、本当にこいつらけしからんのか?ってことです。
 彼らが運用しているお金は他人のお金です。
 他人のお金使ってマネーゲームをやらかして巨額の富を得ているからけしからん、とまぁそう行きたいのですが世の中そんなに簡単ではない。
 彼らが運用している「他人のお金」って具体的に「誰のお金」でしょう?
 アラブの石油王?
 ビル・ゲイツ?
 何だか分からないけど悪い事をして上手い事儲かってるけしからん成金野郎?
 まぁ、そういう人たちもいるでしょう。
 でも、圧倒的に多いのは「年金機構」とか「普通の銀行」だったりするわけです。
 皆さん、年金などの社会保険料とか払ってますよね?
 銀行にお金を預金してたりしますよね?
 積み立ての保険に入ってたりしますよね?
 で、このお金、どこ行ってんの?ってことです。
 年金って長生きすると自分が払った以上にもらえたりしますよね。
 長生きしなきゃ元が取れない、とか言いますよね。
 銀行にお金を預けると利子が付いたりしますよね、最近は手数料とか払うとマイナスだったりしますけど、それでも利子とか付いてますよね。
 事故に遭った時に払った以上の保険料がもらえたりしますよね、満期になってもやっぱり払った以上のお金がもらえたりしますよね。
 こういう我々が払った以上のお金を生み出しているのが、回りまわってマネーゲームをやっている連中だったりします。
 あ痛たた…って感じです。
 もちろん我々が払ったお金の全額ではないですよ。
 おそらくそのごく一部です。
 でも、ごく一部と言っても元々の金額が大きいので、それによって引き起こされる影響も大きいわけです。
 まぁ、こういう人たちとは関係無しに個人でマネーゲームに参加している人や個人で投資信託を買ったりしている人もいますが、そんなのは取るに足らないような少数の人たちです。
 マネーゲームを大きく動かしているのは我々が日々払っている年金とか保険とか預金などが原資だったりするわけです。
 マネーゲーム、けしからんですか?
 でもそれを言うと回りまわって、我々のところに帰ってきますよ、その言葉。
 「道徳なき商業」と言っても良いんでしょうか?
 年金とか利子とか保険とかって「非道徳的」なの?
 そんな事無いですよねぇ…

 利子とか年金という言葉が出てきたので触れておきますけど…
 皆さん利子とか年金とかを受け取るに際して「労働」とか、してるんでしょうか?
 銀行にお金を預ける時に「データ分析」とか「判断」とかの「頭脳労働」しました?
 社会保険料納める時に「頭脳労働」をしましたか?
 してないと思うのですが…
 何てことだっ!!
 「銀行にお金を預ける事」や「年金を受け取ること」が「社会的大罪だった」なんて!!!
 …何かおかしいとは思いますけど、一応「利子」とか「年金」も「労働なき富」ですよねぇ?
 少なくとも「相続」よりはその色が濃そうです。
 ガンジーから見ると現代人はほぼ全員「社会的大罪を犯している罪人」って事でしょうか?
 えっ?そういう事なの?って感じです。
 目からウロコの新事実発覚????
 違いますよね?
 そうではないはずです。
 もしそうだとしたら、ガンジーが間違っているって事になってしまいます。
 …いや、あるいはそうかもしれませんけど。
 しかし、「労働なき富が社会的大罪である」という言葉は倫理や道徳から考えてどう考えても正しい。
 日本にだって「働かざる物食うべからず」という言葉があります。
 ガンジーは正しいはずだ。
 ならば社会の方が間違っているのか?
 我々の暮らす現代社会はガンジーの正しさを受け付ける事ができないぐらい病んでしまったのでしょうか。
 ガンジーの言葉が劇薬となり拒絶反応が出てしまうぐらい社会全体が捻じ曲がってしまったのでしょうか。
 そうかもしれない。
 しかし、そうだとは思いたくない。
 ガンジーは正しい。
 我々の社会も間違ってはいない。
 では、これまでの論証が間違っている?
 多分そうなのでしょう。
 そうです、きっと。

 利子や年金を受け取ることが社会的大罪なわけがない。
 保険に入る事が社会的大罪なはずが無い。
 それを生み出しているマネーゲームも悪くない。
 不動産所得や印税や特許料などの不労所得も悪ではない。
 創業や経営は労働の範囲だ、資本主義は間違っていない。
 もちろん相続はダメなはずがない。

 …じゃあ「社会的大罪」である「労働なき富」って何?
 かなり限られてくると思うのですが…

 ギャンブルか!
 そうだ、それだ。
 でも、待てよ?
 パチンコにしろ競馬にしろ「プロ」としてやっている人たちは「データの分析」とか買うか買わないかの「判断」とかはしてるぞ。
 アレはもしかして頭脳労働?
 カジノとかでもそれで生活をしている人はかなり確率などを計算していると言うし…
 「プロ」は頭脳労働かもしれない。
 犯罪か!
 そうか、それだ。
 でも犯罪も常習犯になると色々と下準備などの「労働」らしき事をしていると言うし…
 まぁ、犯罪はそれ自体が「罪」なので論外だけど。
 とすると、「プロ」ではない「頭脳労働」をしていないギャンブル(のようなもの)が社会的大罪なのだろう。
 つまり「プロ」ではない普通の一般人はギャンブルをするな、という事ですな。
 後、どう考えても運任せの「宝くじ」も「社会的大罪」なんでしょう。

 という事はあの演説は「プロでもない人はギャンブルをやってはいけません、宝くじを買うのも止めましょう」と言うお話だったわけですか…
 何かおかしいな…
 そもそもその程度の内容でなぜあのような「的外れな批難」が「国民から選ばれた良識ある国会議員の先生方」から飛び出したのか…
 分からない、分からない。
 どこで何をどう間違えたんだろう(笑)
 社会的大罪になる労働なき富って何!?
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