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 先日事業仕分けスパコンに関する予算がカットされるという事になり、その後ノーベル賞受賞科学者達が猛然と反論をしていました。
 それぞれの言い分には説得力があり、仕分ける側にも科学者側にも言い分には正当性を感じます。
 そんな時にとても面白いニュースが飛び込んできました。
 「開発費3800万円のスパコンが国内最速を記録」したそうです。
 開発したのは長崎大学工学部の浜田剛助教を中心とするグループで、このスパコンの材料は秋葉原などで売っているものを組み合わせたものなのだそうです。
 さらにこのスパコンはアメリカで開かれていた国際学会「スーパーコンピューティング2009」で「スパコンのノーベル賞」とも呼ばれる「ゴードン・ベル賞」(価格・性能部門)を受賞してしまったそうです。
 ちなみに一般的にはスパコンの開発には10億~100億円ものお金が必要なのだそうです。

 これ、どう考えたら良いのでしょうか?
 科学者達は言っていました。
 未来への投資とか何とか…
 そのためには多額のお金が必要だ、とも。
 3800万円で出来ちゃってますけど、どうするの?
 そういえば以前、これと似たような事例がありました。
 どこかの学生グループが小型の人工衛星を100万円ほどの予算で作って打ち上げ、きちんと機能したとか。
 同様の性能の人工衛星を「ちゃんとした人たち」が作ると数千万~数億円かかるという話でした。
 他にも「まいど1号」という大阪の中小企業が中心になって作った低予算人工衛星もありました。
 スパコンや人工衛星だけでなく他の分野においても似たような事例は多いようです。
 たまにテレビ番組などでも何かを成し遂げた科学者が不遇の時代を語る際に「予算が無いから色々と工夫をして乗り切った」という話を耳にします。
 そういった人たちは実験機器なども自分達で手作りをしたりして、必死に経費を削減して成功にこぎつけたそうです。

 さて、事業仕分けです。
 「何も知らないやつが乱暴に予算を切っている」と批判されていますが、当の科学者達は本当に経費削減の努力をしたのでしょうか?
 スパコンの開発には100億以上の金がかかるんだ、世界一を目指さないとダメなんだ…
 日本最速が3800万円で出来たじゃないですか!
 これをどう説明するつもりなのでしょう?
 この3800万円のスパコン、そのまま他のスパコンと同様の使い方は出来ないそうです。
 何でも天文学関係の計算には秀でているそうですが、他の分野では既存のスパコンよりも劣るかもしれない、との事。
 でもですよ、このスパコンがたまたまそういう分野に特化して開発されていたからそうなっただけで、他の分野のスパコンに関しても特化させて開発すればやはり低予算で開発する事は可能なんじゃないでしょうか?
 事業仕分けの際には「世界一を目指す必要があるのか」と「未来への投資は必要だ」という二つの視点からしか論じられていませんでしたが、ここにもう一つの選択肢が提示されたわけですよね。
 つまり「少ない予算でも世界一は目指せる」というものです。
 スパコンに対する投資が無駄だ、と言っているわけではないのです。
 重要なのは「3800万円で作れるものをどうしてわざわざ数十億かけて作るのか?」というところなわけです。
 事業仕分けの本来の目的は「無駄の削減」です。
 ではその「無駄」とは何なのか?
 「計画」ではありません。
 「事業そのもの」でもありません。
 3800万円で作れるものにわざわざ大金を投じるというその姿勢が「無駄」なのです。
 政府もスパコンの開発の必要性は認めるようになりました。
 実際必要でしょう。
 しかしその予算に「数十億円も必要なのか?」というところが重要なわけです。
 3800万円で実際に作れました。
 例えばその10倍、3億8千万円も予算があれば十分なのではないでしょうか?
 その考えでいけば他の事業も予算を10分の1ぐらいにカットする事が出来るかもしれないわけです。
 仕分けの際に「事業が無駄かどうか?」というのではなく「その事業はもっと安価で同様の成果を上げる事は出来ないのですか?」という視点で考えるべきだったのかもしれません。
 極端な考え方ですが、例えば「全ての事業はこのまま存続する、ただし予算は全て10分の1にする」という姿勢で仕分けを行っていたらどうなっていたのでしょう?
 もちろん立ち行かなくなる事業もあるでしょう。
 しかし足りない予算を知恵と工夫でカバーして、同様の成果を上げる部署も出てくるはずです。
 予算がいきなり10分の1になれば、大混乱はするでしょうが、そうなれば強制的に全ての事業を自主的に見直さざるを得なくなるはずです。
 その結果、天下り役員に対する給料が削減されたり、事業費が不当に膨らむ原因とされる随意契約なども自動的に見直されるはずです。
 必要なのは事業を減らすという事よりも、いかに低予算で最大の効果を上げるか、という発想を育てる事なのではないでしょうか?
 事業仕分けの際には「公開処刑だ」などと揶揄されたりもしていましたが、本来は「金が無いから知恵と工夫を総動員して努力してくれ」と促す場所にするべきだったのかもしれません。
 問題なのは事業そのものの是非ではなく、不当に予算が膨らんでしまうような構造の方です。
 言い換えれば「国民全員がぼったくりに遭っている」ようなものです。
 予算が必要なのはわかりますが、その額が本当に適正なのかどうかが、本来問われるべき所です。
 「仕分ける側が正義か悪か、官僚側が正義か悪か」というような論調で全てが語られていますが、重要な視点はそこではないでしょう。
 無駄を切るというのは事業そのものを切るのではなく「ぼったくられている部分」だけを切り捨て、「適正な価格に戻す」というのが本来の意味のはずです。
 その時に必要な考え方は「その事業は必要ですか?」ではなく「その事業はもっと安上がりになりませんか?」という値切り感覚なのではないでしょうか?
 今までの事業仕分けは方針が間違っていたかもしれません。
 今までのように「買うか、買わないか?(必要か否か)」というような発想ではなく「もっと安く!」という方針で行うべきなのかもしれません。
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 何だか色々出てきてます…
 官房機密費の使い道を公表すべきだ、とか外務省に密約文書が見つかったとか。
 どちらも「公然の秘密」という感じなのですが。
 民主党は「官房機密費は公開すべきだ」と言っていたのに、野党から与党に変わった途端歯切れが悪くなったとか。
 一方それを追求している野党・自民党も与党時代の怪しさが出てきました。
 先の衆院選直後、退陣が決まったのに当時の官房長官が2億5千万円も機密費を引き出していたとか…
 これから退陣すると言うのに、一体何に使ったんでしょうかねぇ?
 もしかしてポケットに入れちゃった?
 それとも落選した議員に「しばらくの生活費」とか何とか言って配っちゃったとか…
 真相はわかりませんが、あらぬ疑いを持ちたくもなります。
 官房機密費は使途を明らかにしなくて良いお金なので、「個人的に使い込んだとしても誰も文句を言えない」のですが…
 どうなんでしょうねぇ、このお金。
 外交の際に「お土産」として使った事がある、という証言を自民党の石破さんがしています。
 他にも昔から「国会対策で野党に配っていた」という話もあるようです。
 …日本で一番きな臭い公金、です。
 まぁ、こういう「公に認められている怪しいお金」というモノも場合によっては必要でしょう。
 なので、その存在自体を否定するつもりはありません。
 が、この官房機密費、年間10億円以上も予算が付いているんですよね。
 仮にですよ、仮に「極めて自己中心的で自分の利益しか考えない人間」が官房長官の職に就き、国のためにも当のためにも一切使わず、全額自分のポケットに入れたとして、しかもその政権が3年ぐらい続いたとしたら30億円以上の税金が「一個人の懐に入っていく」わけです。
 実際にはそういう事は起こらないとは思いますが、可能性としては十分ありうるわけです。
 これで本当に良いんでしょうか?
 年間10億円以上もの大金が「何に使われているのか永遠に分からない」というのはちょっと異常なことのように思えるのですが。
 一部では「全て公開せよ」という意見もあるようですが、全て公開するというのもそれはそれで問題がありそうです。
 例えば「外交の裏工作」として使う可能性もあるわけですよね。
 裏工作自体が良いか悪いかはともかく、その裏工作の結果日本に大きな国益がもたらされるのだとしたら、それはある意味で「税金の有効利用」なわけです。
 全て公開してしまうと、そういう使い道が出来なくなるので、外交の際の駆引きがさらに難しくなる可能性もあります。
 場合によっては国益を損ねるかもしれない。
 そういう事を考えると安易に公開せよ、とも言え無いのですが公開しない事には本当に有効利用されているかどうかもわかりません。
 微妙なところです。

 そこでどうでしょう?
 一定期間後に全部公開、というのは。
 一定期間というのは30年後とか50年後の事です。
 外務省の密約文書もそうなのですが、国家には当然国家機密というものがあるので、全て無条件で公開するというのは危険です。
 しかし全て非公開というのも透明性が無くなるという意味で問題がある。
 だからこそ「明らかになっても問題が無さそうなくらい時間が経ったら公開する」という選択肢にすればいいのではないでしょうか。
 海外などではほぼ全ての公文書が一定期間経過後に公開されているそうです。
 先の外務省の密約文書も、元々は数年前にアメリカの方で公開されて「密約の存在」が明らかになっていました。
 海外では「存在する」事が明らかになっているのに、日本だけはいつまでも「そんな物は存在しない」の一点張りでした。
 おかしな話です。
 これではまるで「アメリカは嘘つきだ」と政府が公言しているようなものです。
 もちろん逆もまた然りですが…
 こういうおかしな矛盾が起きるのも、日本が「機密文書を永遠に非公開にする」という方針を採っているからですし、こういう方針があるから政治家や官僚が悪事を働く抜け道にもなってしまうのでしょう。
 だからこそ「一定期間経過後に無条件で全て公開」にすればいいのではないでしょうか?
 官房機密費だって30年も経てばその使い道が明らかになったって、それで何か大きな問題が起こる事も無いでしょう。
 しかし、いつか必ず公開されると分かっていたら、政治家だって「自分の懐に入れる」というような事は出来なくなりますよね。
 「30年経ったらどうせ俺は死んでいるからまぁいいや」というロクでもない人間ならともかくとして、真っ当な人間ならば最終的に明らかにされてしまうのならばあまり変な使い方は出来ない、と悪用や流用に対する精神的な歯止めにはなるのではないでしょうか?
 今すぐに全てを公開せよ、と言うつもりはありません。
 しかし現政権の内に「いつか必ず明らかにする」という方針へ方向転換して欲しいものです。
 そうやって、時間が過ぎてからであったとしても税金の使い道は全て明らかにする、という考え方を定着させる事こそが国民の知る権利の確保であり、真の民主主義国家への道であり、汚職などの予防に繋がっていくのではないでしょうか?
 またそうする事で後世に、今のこの時代の政治の出来事を正確に伝える事になり、それぞれの時代の政治が本当に正しかったのかを検証する事に繋がると思うのです。
 そうやって検証する事が可能になれば、そこからさらに「より良い政治」に改良されていく可能性だって生まれてくるはずです。
 より良い未来、より良い民主主義のためにも「一定期間経過後の公開」は必要なのではないでしょうか?

 追記
 逆の考え方として、現役時代に「ダメな内閣」と称されたような内閣でも、後世その内情が明らかになる事によって、政治家としての名誉が回復される、という可能性もあります。
 政治家にとっても国家にとっても有益だと思うのですが…
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 最近すっかり影が薄くなってしまっている自民党ですが、本当に再生できるのでしょうか?
 「二大政党制」のためには早めに再生してもらわないと困るのですが…
 そんな自民党ですが、もう前回の選挙の公約を撤回し始めたようです。
 自民党の政権構想会議で衆院選の公約にあった「世襲候補の制限」を撤回してしまったそうです。
 …なぜ?
 公約は状況によっては必ずしも守る必要は無いのかもしれません。
 例えば現在の民主党のマニフェスト至上主義も現実的な財政問題を考えると、場合によっては考え直した方がいいのでは…と思う事もあります。
 ですが、世襲制限は予算とか関係ないですよね?
 自民党は「保守政党」なのだそうですけど、これではむしろ「保身政党」なのではないでしょうか?
 なぜ一度やると決めた事をわずか数ヶ月で撤回してしまうのでしょう?
 しかも「状況が許さない」というような外的要因は無いですよねぇ…
 自民党の言い分としては「世襲の中にも優秀な方が居られる」との事ですが、逆に「世襲以外の方の中にも優秀な方は居られる」はずなんですけど。
 広く世間一般から優秀な人材を集めようというのならば、世襲制限はある程度あった方がいいのではないでしょうか?
 何も「立候補禁止」というわけではなく、「親とは違う選挙区から立候補する」だけでもいいです。
 そういう事もしないつもりなのでしょうか?
 一応「世襲優先」というわけではなく「原則として公募」で、「例外的に世襲議員にも道を開く」というつもりなのでしょうけど、この見解に反するかのような事が既に起きているみたいです。
 次期参議院選挙の候補者選びの基本方針が次のようなものです。
 1・県連所属議員20人の推薦
 2・有権者100人の推薦
 3・県連・支部の推薦
 これらの内、2つの条件を満たす事が必要なんだそうです。
 しかもこれで得られるのは「公認」ではなく「候補者に公募するための資格」なのです。
 わかりますか?
 「候補者になるために公募する」ための資格がこれなんですよ?
 3つの内2つ満たせば良い、という事になってますけど「県連所属議員20人の推薦」と「県連・支部の推薦」なんて、普通の人ではできないのではないでしょうか?
 「有権者100人の推薦」はもしかしたら簡単かもしれません。
 地元に長く住んでいる人なら「昔の同級生」に片っ端から電話して推薦してもらえば100人ぐらいは行くかもしれませんから…
 でも、残り2つは一般人には難しそう。
 事実上「自民党関係者」以外は立候補禁止、と言っているようなものです。
 もちろん「自民党からの公認候補者」を選ぶわけですから、ある意味こういう考え方は「組織を維持するため」には当然の選択なのでしょう。
 しかし、本当にそれで良いのでしょうか?
 こういう発想だからこそ国民の声が拾えずに「身内や知り合いを優遇」するだけの偏った政治になってしまったのではないでしょうか?
 その結果が前回の選挙の大敗の最大の原因だったのでは?
 自民党が大敗後にスローガンに掲げた「みんなでやろうぜ」の「みんな」って誰?
 みんな=自民党の関係者って事でしょうか?
 民主党は「市民が主役」とか「国民主権」とか言ってますよね。
 実態はどうであれ、国民全員を巻き込もうとしています。
 それに対して自民党は内側ばかり見ている印象…
 これで国民の支持を得られるのでしょうか?
 国会などでも民主党の敵失を狙うばかりで「新しく日本を作ろう」という気概に欠けています。
 このままだと「何でも反対」「反対のための反対」という万年野党のポジションになってしまいます。
 自民党はどうすれば気が付いてくれるのでしょうか?
 正常な民主主義のためには「民主党の長期独裁政権」では困るのです。
 数年毎に政権交代が可能な二つの大きな政党が、二大政党制のためには必要なのです。
 しかし必要だからと言っても「どんな政党でも大きければOK」と言うわけでもないのです。
 「二大政党制のためには政党が二つ必要、片方が民主ならもう片方は自動的に自民だ、だから自民党は大丈夫」などと言う発想では困ります。

 経団連は下野した自民党とは距離を取り始めているのかもしれませんが、それでも自民党は「与党に返り咲けば元に戻る」と安易に考えてはいないでしょうか?
 経済界の中にも全く別の動きが起きているようなのです。
 経団連のような既存の経済団体に所属していないベンチャー企業家のグループが新たな経済団体「日本政経倶楽部連合会」を発足させようとしているそうです。
 その人たちは「第二の経団連」になる事を目指していて、同時に「民主でも自民でもない新党を作ろう」という考えもあるそうです。
 この状況はつまり「民主党」と「新しい政党」による二大政党制が出来上がる可能性でもあるわけです。
 このままだと自民党、消滅しますよ?
 「自民党が良い」というつもりはありませんが、長い間政権をになってきたのですからそれなりのノウハウなどは蓄積しているでしょう。
 そういったものが消失するのは、さすがに国として損失が大きいと思います。

 民主党政権は何だか先行きが怪しく何とも頼りない感じではありますが、それでも「公開の仕分け作業」など国民に対して「政治が変わった」という印象を与えるのには成功しています。
 これから先、日本が良くなるかどうかはわかりませんが「変わった」という強烈な印象はそう簡単には消えません。
 それを覆すには民主党以上に「政治を良い方向に変えてくれるかもしれない」という期待を持たれるようにならなければ無理でしょう。
 今の状況から「元に戻そう」という発想はおそらく生まれてきませんから。
 自民党には民主党政権が暴走を始める前に立ち直ってもらわないと困るのです。
 急いで立ち直らないと、本当に無くなってしまいますよ…
 「保守政党」…何を保守しようとしているのかわかりませんけど、「国民の生活を守ろう」というつもりならばあまり時間は残っていませんよ。
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 伊藤和也さんを覚えていますか?
 覚えている方は記憶力抜群で物凄く真面目な方だと思います。
 恥ずかしながら私は、この人の存在は覚えていましたが名前は完全に忘れていました…

 さて、この人が誰だったかは後ほど説明するとして、本題です。
 日本はアフガニスタンをどうやって支援するつもりなのでしょう?
 報道によると日本政府はアフガニスタンの復興支援のために同国の国軍に数十億円規模の財政支援を行うつもりのようです。
 これは妥当な方針なんでしょうか?
 まぁ、色々と問題はあるとは思いますが、現状においては妥当な選択だとは思います。
 問題というのはつまり「日本が間接的にとはいえ軍事支援をしてもいいのか?」という点です。
 社民党辺りが「憲法違反」と騒ぎ出すのは必定。
 国内の政界の問題はともかく、一応平和支援という事を目指している日本としては軍事支援は適切ではないかもしれません。
 先月までは岡田外務大臣も軍事支援ではなく民生支援を重視したいと言っていました。
 民主党自体も民生支援に切り替えるために給油活動を停止し、その代わりに給油活動に匹敵するような民生支援の方法を考えるつもりだったのでしょう。
 ところが、当のアフガニスタンで治安が急激に悪化。
 国連の職員さえ避難するような状態になってしまいました。
 こんな状況では民生支援どころではないのでしょう。
 とはいっても日本政府として自衛隊を派遣するつもりも無い。
 その結果が軍に対する財政支援、という結論なのでしょうか?
 仕方が無いと言えば仕方が無いし、現実的な判断と言えば現実的な判断なのでしょう。
 ただ、その決断の理由が「アメリカに対するご機嫌伺い」のような面が強いように見えるのが気になりますが…
 以前民主党は日本は軍事支援以外の方法でも世界平和に貢献できる、というような事を主張していたはずです。
 その論拠の一つとしてアフガニスタンを含む各地で数多くの武装解除に成功しているから、というのを挙げていました。
 その理屈が正しいと言うのならば、今だってそういう姿勢を維持すべきなのかもしれません。
 …武装解除当時はもう少しマシな状況だったかもしれませんけど。
 しかし当時武装解除に成功した理由の一つとしてアフガニスタンの住民に対する日本のイメージが良かった、というのも挙げられています。
 直接戦闘に参加していないので、他国の人よりも交渉がスムーズに進んだとも聞きます。
 ここで日本が経済的にとはいえ軍事支援を行って、今後当時と同じ様な活動が出来るのでしょうか?
 何か大切な「信用」を失おうとしているようにも見えるのですが…

 もちろん現状で民生支援は「ありえない」でしょうから、仕方が無いのはわかりますけど…
 さて、ここで思い出しましょう。
 伊藤和也さんです。
 彼は昨年アフガニスタンでNGO職員として働いていた最中にテロリストによって殺害されてしまいました。
 彼が誘拐された直後、現地の人が1000人以上も捜索に協力し、葬儀の際にも500人以上の人が冥福を祈ってくれたそうです。
 民生支援の鑑のようなケースではないでしょうか。
 その後、彼の遺族がどうなったのかは報道されていないので一切知りません。
 彼はNGOの職員として現地に行き、現地の人のために働き殺されてしまいました。
 そんな彼の遺族に対して、誰か弔慰金などは払ったのでしょうか?
 NGOは非政府組織です。
 日本政府は無関係でしょう。
 だからおそらく日本政府として彼の遺族に対して何がしかの金銭補償などはしていないと思います。
 あくまでも「民間人が勝手に危険地域に入って勝手に死んでしまった」という扱いになっていると思います。
 遺族に対して何がしかの補償などをするのは立場上、彼の所属していたNGOになるのだと思いますが、NGOがそんなにお金を持っているとは思えない。

 今さら何でこんな話を持ち出したかというと、政府の言う「民生支援」とやらの中身が全く分からないからです。
 現状のアフガニスタンに対する支援としては軍に対する財政支援は現実的な対応だとは思いますが、アフガニスタンの治安が落ち着いてきたら当然先送りしていた「民生支援」とやらを行うのでしょう。
 で、誰が行くの?
 前述のように民間人であろうと死の危険が伴うような地域です。
 軍隊であっても危険な場所です。
 そして日本政府は早々に「自衛隊は派遣しない」と明言しています。
 自衛隊はいかない、民生支援はする…
 誰が?
 もう一回聞きます。

 誰が行くの?

 かつてイラクに自衛隊を派遣した際に「もし隊員に死者が出たら誰がどう責任を取るんだ?」と問題になりました。
 幸いな事に誰も死なず、そのような議論は消えてなくなりましたが…
 仮にあの時死者が出ていたとしたらどうなっていたのでしょう?
 おそらくですが、自衛隊なので「殉職」という扱いになるのでしょう。
 ケースがケースだけに特別な弔慰金なども遺族に対して支払われるかもしれませんが、仮にそういうものが無くても「公務員」なので何がしかの手当てが遺族に対して支払われるはずです。
 遺族年金なども支給されるのでしょう。
 では、民生支援の場合はどうなるの?
 民生支援…公務員が行くんですかね?
 それならそれでまぁ、もしも何かあっても遺族に対する補償は手厚いとは思います。
 ですが、前述の伊藤和也さんのように民間人が行くとなると、そうは行きませんよね?
 もし死んだら、誰かが家族に何かの補償などをしてくれるのでしょうか?
 「日本国として民生支援を行う」ために危険な場所に民間人を連れて行くわけですよね。
 それでもし何かあったら、「尊い犠牲でした」と言葉一つでハイ、オシマイ…何て事にはなりませんよねぇ?

 民生支援をしよう、と言っている割には現実的な議論や提案が一切無いのはどういう事なのでしょう?
 誰が行くのか、もし何かあったらどうしてくれるのか…
 とても大切な事だと思うのですけど、誰も何も言わない。
 なぜ?
 本気で民生支援をしようと考えているのならば、もう少し具体的な意見が出てきてもいいはずです。
 例えば、広く国民一般に対して志願者を募り、何か万が一の事態が起きたら国家としてその遺族に対して出来る限りの事をする、というような発言がどこかから出てきても良さそうなものです。
 ちょっと違う例ですが、イラクにおいてアメリカの民間人が働く場合、アメリカ本土の数倍の給料が出ていたそうです。
 トラックで物資を運ぶ仕事などでも3倍以上の給料が出たとか…
 その給料に釣られてイラクの仕事に参加する命知らずな人たちもそれなりにいたそうです。
 日本の場合はどうなのでしょう?
 国が行う民生支援ですよね。
 その間の給料はどうなるのでしょう?
 もし死んでしまったらどうなるのでしょう?
 例えば、「月給100万円、死んでしまったら遺族に2億円払う」と言うような具体的な条件を出したら、「参加してみよう」と思う命知らずがいるかもしれません。
 「金に釣られてやるような人材はろくなもんじゃない」と考える事も出来ますが、では逆にそれだけ危険な仕事を「善意の人」の「善意に頼るだけ」という姿勢は国家として正しいのでしょうか?
 「志のある人物が立派に勤めを果たしたのです、遺族の人は誇りに思ってください」で済ますつもりじゃないですよね?
 むしろそんな状態だったらマトモな人間は行きませんよ。
 「自分の正義感のために家族を苦しめる事になるかもしれない」では、参加する人間は限られてきます。
 それとも日本国は国策として「国民の善意だけに頼る」という「人でなしで恩知らずな方針」を打ち出すつもりなのでしょうか?

 民主党が、自民党が、というようなレベルではなく、以前から国家としてどうやって国際平和に貢献すべきかという事はずいぶんと長い間テーマになっているにもかかわらず、いまだに民生支援などに対する具体的な考えがマトモに出てきた事が無い、というのは政治の怠慢なのではないでしょうか?
 それともやっぱり日本国は「金を出すだけで何もしない」という状態を今後も維持して行くつもりなのでしょうか。
 そろそろ真面目に考える頃だと思うのですが…

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