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 ニュースを見ていると何だか情けない気分になってきます。
 先日の民主党小沢代表に対する政治献金の問題から、民主党ではマニフェストに「企業献金の禁止」を盛り込むつもりのようです。
 それに対して自民党は及び腰。
 必死になってネガティブキャンペーンを張っています。
 何でも「今までさんざん自分は貰っておいて今さらダメというのはけしからん」とか「企業献金が全て悪いとは思っていない」とか、その他色々。
 確かに今まで小沢代表が受け取り続けていたのにいまさら態度を豹変させるのはおかしいかもしれない。
 というより、そもそも以前は民主党のマニフェストに「企業献金の禁止」が盛り込まれていたのに、小沢さんが代表になったとたんにその言葉が消えたそうです。
 これは問題。
 金権政治をやめましょう、というのはもうずいぶん前から言われ続けている事です。
 むしろ「まだやってなかったの?」というぐらいの時代遅れのテーマです。
 それがいまだに続いている。
 民主党内の一部の意見のように「合法か非合法かではなく貰う事自体が問題」というのは適切でしょう。
 企業献金廃止というのは国民目線で言えば当然だと思います。
 しかし昨今は政治家だけでなく一部ジャーナリストさえも「金権政治OK」な風潮が出てきました。
 前述の自民党の発言に至っては情けない限りです。
 自民党小沢批判は、一見すると言っている事がマトモなようにも見えますがよくよく考えれば酷い話です。
 政治家独特の「大人な言い回し」になっているのでわかりやすく直してみれば、「小沢は摘発されてダメとか言い出してるけど、俺たちはこれからも貰い続けたいんだよ」と言っているだけです。
 小沢批判のつもりですが本音は「金を貰って何が悪い」と開き直っちゃっているわけです。
 何とタチの悪い人たちなんでしょう。
 昔の自民党の政治家なら、例え建前だけだったとしても「金権政治はいけません」と言っていたものです。
 それがついに「金を貰って何が悪い」と開き直り始めました。
 末期です。
 完全にモラルが崩壊しています。
 善悪の区別が付かなくなってしまったようです。
 もはや体面を取り繕うとかカッコをつけるという偽善的な行為すらしなくなりました。
 情けない…

 何で今さらこんな事を書かなくてはいけないのかわからないし、こんな事をわざわざ書かなければいけないような状態というのも情けない限りなのですが、どうにもマスコミを含め全員で大騒ぎをして物事の本質から遠ざかっていってしまっているので、超基本的な事を今さらながら書いておきます。
 ついつい忘れちゃうんですよね、当たり前過ぎて。
 アホが蔓延っているとこっちまで物事の基準があやふやになってくるから困りものです。
 さて、今回の本質です。

 金権政治がダメな理由!

 です。
 やれやれ、改めて書くと何と情けない事を書こうとしているのだろう…
 まるで子供に「人の物を盗ってはいけません」というのを教えている気分です。
 相手が「60歳児以上」というのが何とも情けないですが。

 話が逸れました、すいません。
 では本題です。
 今回は特別に「60歳児」でもわかるように小学生レベルの説明で行きます。(「大人」の方は読み飛ばして下さい。読み飛ばして良い範囲に線を引いておきます)



 金権政治というのは大雑把に言えば「政治家が金を貰って特定企業に便宜を図る」という事です。
 時代劇でもおなじみの「悪代官と悪徳商人」の関係ですね。
 ほとんどが公共事業がらみです。
 公共事業というのは「国民の税金(←コレ、大事な所)」を使って、「公共性の高い事業(←コレも大事な所)」を行う事です。
 そしてその公共事業をする際には様々な民間業者が仕事に絡んでくるわけです。
 公共性の高い事業というのは例えば、道路を作ったりトンネルを掘ったり、学校などの公共の建物を作ったりする事です。
 それらを作るためにはたくさんの材料が必要だし、たくさんの働く人たちが必要です。
 そのためにはたくさんのお金が必要です。
 そのお金は税金で賄われています。
 税金と言うのは、「みんなが使える便利なものを作るために使おう」とみんなが自分達のお金を少しずつ出し合ったものです。
 元々みんなのお金なので、みんなが得をするような使い方をしなくてはいけません。
 難しい言葉で「社会還元」と言います。
 しかし、日本は広いので全ての人が一つの施設で満足できるという訳には行きません。
 かといって、日本中に同時に必要な設備を整えるほどのお金もありません。
 そこで「どれを最初に作るのがみんなのためになるのか」を考えなくてはいけません。
 その順番を考えて決めているのが政治家です。
 公共事業は順番に作っていくので当然先に作るものと後に作るものが出てきてしまいます。
 先に作る人たちのところには先にお金が渡ります。
 後に作る人たちのところにお金が行くのは後回しになります。
 そうすると後に作る人たちのところにはなかなかお金が回ってこないので、いつまでも仕事が無く貧乏なままです。
 それはイヤなので、ここでズルをする人たちが出てきます。
 順番を決める政治家にお金を渡して、自分達の順番を早くしてもらおうとするわけです。
 また、同じ建物を作るにしても「誰が作るのか」という問題が残ります。
 みんな仕事をしたいのですが、ライバルがいっぱいいます。
 そのたくさんのライバルの中から誰が選ばれるのかはわかりません。
 そこでライバルではなく自分を選んでもらうためにもズルをするわけです。
 これが金権政治です。
 では、このズルのどこがいけないのか。
 まず、優先順位がそんなに高くない、つまりは多くの人にとって必要ではないものを先に作る事になってしまいます。
 そうすると、本当に必要なものがいつまで経っても作られないのでたくさんの人が迷惑をします。
 また、仕事はちゃんとした実力のある人がやらなければいけないのにズルをする事で実力の無い人が仕事をする事になってしまいます。
 これだと一生懸命真面目にやっている人たちはいつまでも仕事が出来ずに辛い思いをし、ズルをした人たちだけが良い思いをします。
 一生懸命真面目にやっている人が損をして、不真面目でズルばっかりする人が得をするような社会はいけませんよね?
 これをOKにするとみんなが悪い事ばかりして、社会が成り立たなくなります。
 だから金権政治はダメなのです。



 …こんな感じでしょうか?
 時々難しい言葉が入ってしまいましたが、多分小学生でも分かるレベルにはなっていると思います。
 これなら「60歳児」でも分かりますよね。
 あぁ、そうだ、漢字読めなかったんだ…
 全部ひらがなに直すか(笑)
 さすがに面倒なので「お母さん」に頼んでフリガナでも振ってもらってくれ。

 早い話が金権政治の問題点とは「税金の社会還元が不公平になる」といったところです。
 本来税金は全ての国民が同レベルの生活を保つために公平に配分されなければいけないわけですが、利権が絡むとそれが大きく歪んでしまうわけです。
 先日分かりやすいニュースが報道されていました。
 小沢代表同様「西松」絡みの問題が浮上している二階経産相に関する報道です。
 報道によれば二階経産相の選挙区では「630億円をかけて作られた日高郡日高川町の椿山ダム」「336億円かけて作られた西牟婁郡白浜町の南紀白浜空港」「6億円かけて作られた東牟婁郡太地町の岩屋トンネル」「370億円かけて作られた日高港『国際ターミナル』」というのがあるそうです。
 ダムはおそらく何かの役には立っていると思うのでムダかどうかはわかりませんが、他のはなかなかスゴイです。
 ・南紀白浜空港は名古屋便や福岡便が撤退し、現在運航JAL東京便のみで存続が危ぶまれている。
 ・岩屋トンネルは財政難で放置された県道の一部で出口は「海」…行き止まりって事ですね。
 ・日高港は工業用地が埋まらずガラガラ。地元では釣り堀扱い。
 他にも日高港のすぐ近くには日高港新エネルギーパークという閑古鳥の鳴いている施設があるそうです。
 何なんでしょうね、コレ。
 岩屋トンネルに至ってはもうどうしたものか…
 「トンネルを抜けると…行き止まりであった」って川端康成の「雪国」をパロディにして作らなくても良さそうな物ですが。

 この二階大臣絡みで1000億以上が使われているのですが、その効果の程は疑問…
 もちろんそれだけのお金を使ったのだから工事期間中は地域経済が活性化したのでしょう。
 しかしそういう経済効果は一時的なもの。
 結果を見ればあまりにもずさんで見通しの悪い計画だったとしか言いようが無い。(「パロディ」トンネルや370億の釣り堀を「税金の無駄遣い」というテーマで観光地化するならわかりますが…って、わからねぇよそんなの!)
 おそらくこの手の公共事業は日本中にたくさんあるのでしょう。
 そりゃあ税金も足りなくなりますよね…
 それでも自民党は「企業の政治献金のどこが悪い」という態度。
 1000億以上あったら病院や老人ホームを作った方が余程社会の役に立ったと思うのですけど。
 他にも現在医師不足と言われていますが、1000億あったら授業料無料の医大ぐらい作れたんじゃないでしょうか。
 税金を有意義な使い方をせず無駄遣いをしたと言うのは、多くの人に迷惑をかけているのと同義なんですけど。
 それでも「何が悪い」というスタンス。
 二言目には「政治には金が要る」とのたまう。
 ずっと以前、金権政治が問題になった時に「政治には金がかかる、だから企業献金が必要だ」という理屈を封じるために「政党助成金」を導入したはずなんです。
 いいですか、ココ大事なトコですよ。
 「政党助成金」は「企業献金」の代わりなんです。
 つまり政党助成金を貰いつつも企業献金も受け取っている時点で国民に対する約束を破っているわけです。
 「アレも欲しい、コレも欲しい、持っているものは手放したくない」では駄々っ子です。
 さすがは「60歳児」
 子供並みに理屈が通じません。
 わがまま放題やりたい放題で我慢が出来ていません。
 どうやら「しつけ」が行き届いてないようです。

 ここまで政治が腐っているとは思いませんでした。
 昔から金権政治で日本の政治は腐ってますが、以前なら「腐っても鯛」というか腐ってるなりに恥というものがあり、色々と言い逃れをしたり取り繕ったりしていたわけですが、最近では「腐っていて何が悪い!」と開き直って逆ギレしています。
 呆れて物が言えません。
 次の自民党のマニフェストには「金権政治を合法化します」という一文でも入れてみてはいかがでしょうか?
 本当に正しければ国民はキチンと支持してくれますよ。
 国民だってバカじゃないんだから善悪の区別ぐらいつきます。

 話は少し変わりますが、先日自民党の笹川尭総務会長が「国会議員は気が弱くては務まらず、うつ病になる人は一人もいない」と問題発言をしたそうです。
 一応誤解を招かないように書いておきますが、一般的にうつ病というのは「誰でも罹る可能性のある病気」で、「几帳面で真面目、責任感が強い」「考え方に柔軟性が乏しい」「開き直りができない」というような人ほどなりやすいと言われています。
 また「心労や過度のストレスが掛かる」と発症しやすいとも言われています。
 決して「気が弱い人間だから罹る病気」などではありません。
 笹川発言を意地悪に解釈すれば「国会議員には真面目で責任感が強い人間など一人もいない」「国会議員という仕事はストレスの掛からない快適な仕事である」という風にも聞こえます。
 考え方に柔軟性があるかどうかはわかりませんが言ってる事がコロコロとよく変わったり、「金を貰って何が悪い」と開き直っている辺りを見ると、意外とこの発言は「国会議員に関する部分」に対しては適切かもしれません。
 実際には国会議員でも自殺をしている方がいるのでうつ病に罹らないということは無いでしょうが、そういう人たちは概ね何か問題を起こすか落選するなどしてストレスを抱えている状態で自殺しています。
 一般社会では普通に生活している人でもうつ病になったりするのですが、普通に国会議員の仕事だけをしていてうつ病になっている人というのはいないかも。
 やっぱり「快適なオシゴト」なのかな。
 こんな所からも「現代の日本の国会議員の本質」が垣間見れてしまうような気がするのは気のせいでしょうか?


 参考にしたニュースとサイト
 ・「釣り堀」と化した日高港「国際ターミナル」 (ゲンダイネット)
 ・“選挙区にあふれる”問題だらけの公共事業ガイド (ゲンダイネット)
 ・政党助成金(ウィキペディア)
 ・笹川総務会長のトンデモ発言 「国会議員はうつ病にならない」 (J-CAST)
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 インターネットの「闇サイト」で出会った3人が契約社員の女性を殺害した事件で、犯人2人に死刑・1人に無期懲役という判決が出ました。
 色々な意見があるとは思いますが、とりあえずは妥当な判決だと思っています。
 犯人3人の内1人は「自首」してきたために減刑、その他2人はそのまま死刑
 同じ事件での犯人の間の刑の差としては分かりやすい図式です。
 被害者遺族は「人を殺しておいて、自首してきたから死刑を免れるのは納得がいかない」と言っています。
 その気持ちはわかるのですが、やはり「自首」してきたから刑を減刑するという基本姿勢は評価する必要があります。
 これはこの事件単独ではなく「自首」という行為の他の犯罪への影響を考えた上での事でしょう。
 悪い事をしても自分から進んで自首すれば刑を軽くしてもらえる、こういう考え方は広まった方が社会全体にとって有益でしょう。
 今回は死刑に関するものなので、減刑をすれば無期懲役にせざるをえない。
 もし死刑に「軽い死刑」と「重い死刑」という違いがあるのなら(例えば「安楽死に近い死刑」と「拷問に近い死刑」などの違い)わかりやすいのですが、残念ながらというべきか「死刑」には軽いも重いも無く、ただ「死刑」という刑が一つ存在しているだけです。
 懲役刑ならば年数を減らすという減刑法もあるのですが、死刑を減刑するのならば無期懲役にするしかない。
 これを死刑にしてしまうと社会全体にとって「自首」する事は無意味な事だというメッセージを送る事になってしまい、犯罪者にとっては一度罪を犯したら逃げ続けるしかないという状況になってしまいます。
 事件解決を促すためにも「自首」を評価するという姿勢は捨てる事はできないでしょう。

 ただ、この事件に関してはもう一つ微妙な問題があります。
 この自首した犯人が、そもそもこの事件を引き起こした張本人であるという点です。
 この男がサイトで人を募集し、この男が積極的に犯行を進めたわけです。
 主犯格です。
 その男が無期で、共犯者は死刑。
 これはちょっと矛盾が出てきますね。
 死刑に「重い死刑」と「軽い死刑」があれば今回のケースは、主犯が「重い死刑だが自首を考慮して軽い死刑」、共犯者は「軽い死刑」という判決が出せるのですが、死刑には「死刑」一つしか無いので無理な話。
 また共犯者の側から見ても納得はいかないでしょう。
 おそらく「お前が言い出したから俺たちはその話に乗ったのに、一人で裏切って自首した上にお前一人だけ命が助かるってどういう事だよっ!?」という思いが渦巻いているとは思うのですが…
 犯人側から見ても不公平な感じではあります。

 それでも社会的に見れば自首を重んじた妥当な判断、という事になるでしょう。

 ここでふともう一つの疑問が浮かんできます。
 この事件の中だけで見れば妥当な判決だと思うのですが、他の事件と比べるとどうなるのでしょうか?
 例えば昨年江東区のマンションで会社員の女性を殺害した上細かく切断しトイレから流したという事件。(以下「バラバラ事件」と表記します)
 判決は無期懲役でした。
 以前は4人殺すと死刑確定、2人以下なら無期懲役、3人の場合は個別に判断、という「死刑の基準」が暗黙の内にあったようです。
 そのためいまだに「被害者が1人の事件で死刑判決は珍しい」という考えが残っています。
 バラバラ事件はこの基準に則ったものなのでしょう。
 それに対して最近は「被害者の人権」を重視する考えが広まってきたので被害者が一人でも死刑判決が出るケースも少しずつ増えてきました。
 いわゆる厳罰化傾向と言われるものです。
 今回の犯人が闇サイトで出会った事件(以下「闇サイト事件」と表記します)はこちらの考えに則ったものなのでしょう。
 この二つの事件を並べると判決が奇妙な感じになります。
 双方とも犯行理由は個人的な身勝手なものです。
 闇サイト事件は「金目当て」
 バラバラ事件は「性欲」
 双方の被害者は「何の落ち度もない女性」です。
 「何の落ち度もない女性1人」を「個人的で身勝手な理由」で殺害した、という点では同じ様な事件です。
 しかし一方は死刑が前提でもう一方は無期懲役が前提となっています。
 何だか不公平な感じです。
 2つの事件の相違点を並べると、
 闇サイト事件は「犯人が複数」「前以って犯行を計画していた」
 バラバラ事件「犯人が単独」「計画的犯行ではない」
 という事になっています。
 犯人が複数だったら悪質で単独だったら悪質ではないのでしょうか?
 バラバラ事件は計画的犯行ではない、という事になっていますが、殺害後に遺体をバラバラにして証拠隠滅を図るというのは十分に計画的な犯行のような気がしますし、遺体損壊という点でも悪質です。
 しかしバラバラ事件の判決は「計画的犯行ではなく死刑にするほど悪質ではない」というもの。
 遺体をバラバラにして証拠隠滅を図っている時点ですでに「自首」するつもりなど全く無かったわけですよね?
 それでも無期懲役。
 一方闇サイト事件の主犯は「自首」したのに無期懲役。
 無期懲役の犯人同士を比べると「自首したのに無期懲役」と「自首する気が無いのに無期懲役」という矛盾が、死刑の二人と比べると「一人殺して死刑」と「一人殺して無期懲役」という矛盾が出てきてしまいます。
 計画性の有無と言われても、闇サイトのアイデアに乗っかっただけで「計画性」と言われるのも何かおかしな気がします。
 被害者の人権を重視している昨今の判決で考えるならどちらのケースも死刑が妥当で、自首してきたから減刑しました、という方がわかりやすい。
 しかし現実の判決には差が出ています。

 今までだったら「裁判所がおかしい」と言っていればそれで済んでいましたが、これからは「裁判員制度」が始まります。
 この差をどうするかという問題は裁判官から国民の側へ移ってきたわけです。
 裁判は「公平」でなくてはいけません。
 この「公平」は被害者と加害者の間の「公平」だけではなく、他の事件との間での「公平」も含まれているでしょう。
 同じ罪を犯したのにある人は罪が軽く、ある人は罪が重くなったのでは「公平な裁判制度」とは言えません。
 もしあなたが裁かれる側だとして、その判決が裁判官や裁判員、弁護士や検事のその日の気分や体調などによって左右されるような裁判だったらイヤでしょう?
 同じ罪なら同じ罰でなければ不公平です。
 それには「前例主義」も有効な面があるでしょう。
 「前例主義」というと何か悪い事のような感じもしますしその弊害も指摘されてはいますが、「同じ様な罪を犯した人間に対して同じ様な罰を与える」という面では、公平性を保ちやすい考え方でもあります。
 裁判の前例は裁判員制度が導入された際にも基準の一つとして使われるのでしょう。
 しかしその前例になるはずのプロの判決でさえ、この2つの事件のように揺れています。
 これまでは全てプロの裁判官による判決だったので問題があっても「プロなりの考え方があったのだろう」という事で済ましてきましたが、裁判員制度が導入されればそんな悠長な事も言っていられないでしょう。
 「何となく死刑にしました」「無期っぽいから無期でいいかなぁ…」では判決理由にはなりません。
 裁判員が直接「なぜこの重さの刑なのですか?」と問われる事は無いかもしれません。
 しかしその判決を出す前の話し合いの場では裁判員同士や裁判官との間で「この罪に対してならこのくらいの刑でいいんじゃないのか?」という話になるはずです。
 その際にも「何となく死刑っぽいから死刑でいいんじゃないですか?」という訳にはいかないでしょう。
 やはり確固たる理由がある上での主張にしなければならないはずです。
 現時点ではその判断基準もイマイチよくわからない。
 前例になりそうな判決も揺れていて判断基準としてはちょっと不安が残りそう。
 この状態で裁判員制度を導入して、マトモな裁判になるのでしょうか?
 皆が納得できる判決が出るのでしょうか?
 弁護士や検事の口車に乗って、今まで以上に刑に幅がある理不尽な判決が量産される恐れもあるのではないでしょうか。
 前例を参考にしてでもいいから、何かわかりやすい基準を国民に示す必要があるのではないでしょうか。
 例えば殺人事件の場合、被害者が一人であろうとも原則は死刑にする。
 その上で、
 故意かどうかで減刑するかどうか。
 自首したかどうか。
 被害者側に問題はなかったのか。(日常的に加害者に暴力を振るっていたので反撃されて殺されたとか)
 情状酌量の余地はあるのか。(最近では介護疲れによる殺人なども起きています)
 初犯かどうか。
 他にもたくさん基準はあるでしょうが、そういった例をたくさん並べておいて引き算のように計算していく方法もあるのではないでしょうか。
 まずは各犯罪の最高刑を提示し、そこから減刑理由を探して刑を引き算して行く。
 その方が多くの人が納得できる裁判になるのではないでしょうか。
 もちろん被害の大きさも考慮する必要があるでしょうけど、そちらは逆に最高刑の方に足し算して行くとか、引き算した結果の判決に被害の大きさを掛け算するとか、そういう対処法もあるはずです。
 もしそういうシステムにすると、殺人を犯した時はまず死刑から考え始め、そこから減刑理由を探していきます。
 そうやって色々な要素を引いていった結果懲役7年ぐらいになったとして、被害者が2人だったらそれを倍にして懲役14年にするとか。
 人数分掛けると大きすぎるなら、「2人なら1.2」、「3人なら1.5」、「4人なら1.8」という具合に係数でも考えて計算すればわかりやすくなるのではないでしょうか。

 どのような形にしても、裁判員制度を導入し裁判に国民の感覚を導入するなら、こういう判決理由の明確化という要素も必要なのではないでしょうか。
 今のままだと「なぜ死刑なのか」、「なぜ無期懲役なのか」、という基準が全く分からないまま裁判が進行していってしまいます。
 その問題の是正、つまり国民感覚と裁判所の感覚のズレの修正のために裁判員制度を導入するのに、現状のままだとその意義が薄れていってしまうでしょう。
 そしていつかはまた「裁判員制度の廃止」→「国民と裁判所の感覚のズレ」という堂々巡りになってしまいます。
 裁判員制度の導入だけでなく、刑の基準の明確化も必要なのではないでしょうか。
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 民主党の小沢代表の秘書が逮捕されてから民主党の支持者が減っているそうです。
 しかし、それで自民党の支持率が上がっているわけではない。
 これはつまり「無党派層」と呼ばれる人たちが増えてしまった、という事なのでしょうか?
 正確なところはデータも無いのでわかりませんが、数年前から無党派層が増えているのは事実です。
 世論調査をやっても最大勢力は常に「無党派層」、それを追うように「自民」「民主」と続きます。
 国民の大多数が支持政党を持っていない。
 二大政党制を掲げるつもりならばこの現状は放置できないでしょう。
 事実上の三大政党制のようなものですから。
 世論調査の結果はいつも無党派層が4割程度。
 それを前提に考えれば、どんなに選挙で自民が勝ってもその支持率はせいぜい3割ちょっと。
 無党派層と他の政党支持者が常に過半数を占めているという事は、どんなに理屈をこねくり回してもその政権に正当性などないでしょう。
 何せ過半数が支持していないのですから。
 実際、選挙の際の投票率が5~6割で、その半分を与党が取ったとしても支持しているのは国民の3割程度。
 国民の3割の支持しか得ていない人たちが「国民の信任を得た」というのも何かおかしな気がします。
 これは自民だけでなく民主に対しても当てはまります。
 二大政党制というのなら無党派層は1割以下ぐらいに抑えてもらわないとちょっと…

 そこで無党派層というモノをちょっと考えてみたのですが、この「無党派層」というのもかなり強引な分け方です。
 おそらく「支持政党はどこですか?」という問いに対して「特に無し」と答えた人たちなのでしょう。
 それってつまりアンケートなどで「その他」の欄にチェックを入れているのと同じようなものですよね。
 そこにある「その他」欄にはとても広くて深い意味があると思うのですが、それを単純に「無党派」でまとめてしまっていいものなんでしょうか?
 私見ですが「無党派層」は大雑把に三つに分けられると思うのです。
 一つは「政治に関心はあるけど支持したい政党が無い」というグループ。
 二つめは「政治そのものに無関心」なグループ。
 最後は「日本の政治システムに失望している」グループ。
 とりあえず上から「無支持層」「無関心層」「失望層」と名付けましょうか。
 「無支持層」は政治には関心があるはずです。
 ただ支持したい政党が無い。
 逆に言えば支持したい政党が見つかるか、各政党が魅力的な政策を出してくれればすぐに支持してくれるでしょう。
 「無関心層」と「失望層」はかなり似ていますが、ちょっと違います。
 「無関心層」はそもそも政治に全く興味が無い人たちです。
 それこそ「セイジ?何それ」というような人たちです。
 今現在の総理大臣が誰かも知らないし、知るつもりもないと考えているような人たちです。
 この人たちはもうどうにもならない気がします。
 日本の教育の失敗そのもののような気もします。
 どうにかするためには辛抱強く丁寧に民主主義のシステムを教えてその重要性に気付いてもらうしかないでしょう。
 そして「失望層」。
 この人たちは無関心層とは違い政治には関心があります。
 その関心の度合いは「無支持層」と同等かそれ以上です。
 が、日本の政治のあまりのダメッぷりや今までの日本の政治の在り方を見ていて「もうダメだ、何をやっても変わらない」と諦めてしまっている人たちです。
 この人たちは一歩間違えると過激な行動に出てしまう事もあるかもしれません。
 過激な行動には出なくても日本を良くするには「政治家を全部取り替える」とか「一度政府を解体する」とか国の在り方そのものを変えなくてはダメだ、と考えている人たちです。
 この人たちはもしかしたら「革命家」のような人物が現れたら「熱狂的な支持者」に変貌するかもしれません。

 さて、とりあえず三つに分けましたが、実際にはもっと細かく分けられるでしょうしそれぞれが重複する部分もあるでしょう。
 また無支持層だった人が失望層に変わり、その果てに「もういいや」と無関心層になってしまう可能性もあります。
 一度無関心層になってしまったら元に戻すのは困難でしょう。
 また失望層が相当数に上ってしまった時にタイミングよくヒトラーのような人間が出てきてしまったら、恐ろしい事態を招く恐れがあります。

 現在このような「無党派層とされている人たち」の分析や分類はマスコミなども行っていませんが、無党派層をこのように色分けし、その増減のバランスを調べる事が出来れば日本の政治に今までと違った考え方やアプローチ法が生まれるのではないでしょうか。
 少なくとも無支持層が多いだけなら魅力的な政策を掲げれば支持を得る事ができるでしょう。
 しかし失望層や無関心層が増え続けて行けば国家崩壊とまでは行かなくとも、治安の悪化やテロ、クーデターというようなものが増える恐れがあります。
 また脱法行為や海外移住が増える可能性も出てくるでしょう。
 政治に対して失望するというのは社会に対する失望に繋がる可能性が大きく、その結果「例え暴力に訴えても社会を変えなくてはいけない」というような危険な考えを持つ人たちが増えたり、「誰も私を助けてはくれない、社会などどうなってもいい」と秋葉原の連続殺傷事件のような事をやらかす人も出てくるでしょう。

 別の方向から見ると「無党派層」に含まれていない各政党の支持者の中にも「事実上の無党派層」のような人が含まれている可能性があります。
 例えば自民党支持者の中に「よく分かんないから自民でいいや」という人たちが存在しているはずです。
 「よく分からないから○○でいい」というのは思考停止状態であり、これは形を変えた無関心層です。
 政治に関心が無いから「○○でいい」という安易な結論に達しているわけです。
 この思考停止状態も危険です。
 こういう隠れた無関心層も合わせると、「無党派層」に含まれる人数は予想以上に大きな数字のような気がします。
 民主主義国家であり二大政党制を標榜するのに大多数の人間が「無党派層」
 これは既に民主主義の危機です。
 日本の民主主義は機能していないと見てもそう間違いではないでしょう。
 そして、そんな国の内情を知っている他国はどう思うのでしょうか?
 首相が外交に行っても「あぁ、あの民主主義が機能していない国の総理大臣ね…」ではその発言の重みが全く違ってくるでしょう。
 無党派層が増えるのは政治全体にとって恥です。
 同時に危険分子が育つ土壌にもなりかねません。
 政治家の方たちには「選挙でどうやって勝つか」だけでなく「どうやって無党派層を減らすか」という視点でもモノを考えて欲しいところです。

 最後に一つ。 
 現在自民党の支持率が低下中。
 そこへ来て民主党の支持率も低下中。
 おそらく投票率も低迷。
 二大政党制を掲げているにもかかわらず両党共に支持率が低下し、投票率まで下がると、第3・第4の勢力が力を持ってくるでしょう。
 そういう政党とは支持基盤を強く持っている政党という事になるでしょうから、このまま国会の低迷が続くと「公明党や共産党の大躍進」という事態になる可能性もあります。
 社民党ならまだしも「自民・民主・公明・共産」の四大政党制という事態になったらこの国の政治はますます混迷を極める事になるでしょう。
 いいんですか、それで?
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 民主党の小沢代表の公設秘書が逮捕されました。
 何でこのタイミングで…
 民主党内からは陰謀説まで飛び出しているようですが、事の真相はまだわかりません。
 個人的に言えば小沢さんも元々は「自民党の人」なので、まぁこういう事もあるだろうなぁ、と思う程度。
 そういえば先日も小沢さんは妙な発言をして物議を醸していました。
 この人、いつも勝負が近くなると揉め事を起こしているような気がするのですけど、気のせいでしょうか?
 党首自ら党の足引っ張ってどうすんだよ…

 この際なので民主党も党首選をやったらどうでしょうか。
 世論調査を見ると面白い現象も起きてますよね。
 自民党や麻生総理を支持しますか、という問いに対しては反対意見が多い。
 そして民主党政権や政権交代そのものに対しては好意的な意見も多い。
 にもかかわらず「小沢総理を望みますか?」という問いに対しては疑問符が付く人が多数いるようで…
 小沢さん、何となくイメージが悪いんですよね。
 麻生総理とは違った意味で国民的な不人気者です。
 このまま選挙に流れ込んでも民主の顔が小沢さんだと、どの程度勝てるかは未知数。
 現状の民主党優位は明らかに自民党の自殺点が重なっているだけなので、本来の民主党の実力とは別物でしょう。
 国民感情として「麻生はヤだけど小沢もちょっと…」という雰囲気があるのは否めない。
 だから党首選
 今までだったら理由も無いのに党首選などをしたら、ただでさえ一枚岩とは言い難い民主党が割れそうでしたが、今回の逮捕騒動は理由になります。
 このままだと民主優位も崩れていきそうですし、ここは早々に責任を取って党首を辞任し、選挙に向けて新しい民主の顔を選んだ方が得策なのではないでしょうか?
 古い話になりますが、自民党が森内閣だった頃、内閣支持率も自民党への支持率もボロボロでした。
 そこへ小泉元総理が登場し、あっという間に大人気政権を作り上げてしまったわけです。
 民主党だって、やる気になればそれに近い事が出来るのではないでしょうか。
 日本の国民はミーハーというか新物好きというか、目新しいものがあるととりあえず注目します。
 麻生政権自壊気味とは言っても、ここで自民党が麻生降ろしをしまた誰かを担ぎ上げてフィーバーを演出すれば、小泉内閣当時とまでは行かなくても、現時点での自民のマイナスを大きく改善する可能性があります。
 衆議院の任期は9月まで。
 今すぐ党首選を始めて「次期総理を選ぶ」というようなスタンスで大きな国民運動に繋げれば、一気に自民を引き離す事も出来そうです。
 党首選を壮大に1ヶ月ぐらいかけて行いフィーバー状態にすれば、最低でも9月の任期切れまではその勢いは続くでしょう。
 今のままだと民主党政権になっても「小沢総理」では革新感がありません。
 アメリカでオバマ大統領が誕生したように、民主の中から誰か革新的な人物が出てくれば、この国の停滞ムードも一気に改善するかもしれません。
 問題は今の民主にそういう人物がいるかどうかという点ですが…
 思い切って党首選の出馬条件を緩和し、同時に党首選の投票権もより多くの人が投票出来るようなシステムに変えて、あたかも「首相公選制」のような雰囲気を作り出せばこの国の政治を変える事が出来るのではないでしょうか。
 党首選の出馬条件を緩和するとはいっても、さすがに民主と関係無い人物まで立候補させるわけには行きませんが、民主党議員なら自薦他薦は問わず誰でも立候補でき、推薦人など不要というようにすれば若手の議員や最近注目を集めている議員にもチャンスが巡ってきます。
 最近だったら消えた年金で一気に有名になった長妻議員なども人気が高いですし、仮に「長妻新党首」という事になったら、「小沢民主」以上の人気になるのではないでしょうか。
 党首選を盛り上げ、期間をある程度長めに取れば、今まで注目を集めてはいないけど実力のある議員たちも出てくるかもしれませんし、その人たちが党首にならなくても国民に対して「民主党は人材も層が厚い」というイメージを与え民主党に付きまとう「政権担当能力の有無」という疑念も払拭できるでしょう。
 いつまでも小沢・鳩山・菅の三人+岡田・前原のイメージだけでは数年間も持ちません。
 大した理由も無いのに小沢降ろしでは党内に角が立つでしょうが、今回のような不祥事なら誰もが納得できるでしょう。
 小沢代表自身にも「キチンと責任を取る人間」というイメージも付くでしょうし、決してマイナスばかりではないはずです。
 ピンチはチャンスと言うではないですか。
 選挙間近のこのタイミングの逮捕はイメージダウンですが、それを逆手に取れば大幅なイメージアップ+選挙に向けての勢い作りになるのではないでしょうか。
 自民党は常日頃から選挙に向けてセコイとも取れる戦術をしています。(麻生総裁誕生の際の総裁選など解散総選挙前の宣伝だと言われたものです、結果は違いましたけど…)
 民主党にもこのピンチを逆に活かすぐらいの強かさを発揮して欲しい所です。
 そうでなけりゃ政権なんて安心して預けられませんよ…
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 「100年に1度の危機」と世間ではよく言います。
 このブログでも「100年に1度の危機」という言葉は使っています。
 が、実際のところ「100年に1度の危機」ってどんなものなんでしょう?
 とにかく大変な事になっている、何が起きるかわからない、というような感じはわかりますし、景気が悪化し失業者が増えたり給料が下がったり生活が苦しくなったりと、まぁ自分とその周辺に起きる事は何となくわかるのですが、その「起きる事」がどの程度なのかがよくわかりませんよね。
(日本の終戦直後の混乱を知っている年代の方の中には「あの頃に比べたら現在など大した事ではない」と言う人もいますが、この「100年に1度の危機」という言葉を最初に言い出したのは確かアメリカ側なので、日本の個別事情とは微妙に異なるかと)
 そこでこの100年にどんな経済的混乱が起きたのかをちょっと調べてみたんです。
 とはいえウィキペディアをちょっと調べただけでも予想以上にたくさんある。
 わかりやすいところだと第1次世界大戦が1914年から…まだ100年経ってないんですよね。
 当然第2次世界大戦も100年の中に入る。
 戦争と金融危機とは全く違うものですが、戦争は経済の混乱を引き起こしますし、逆に経済が戦争の原因になる事もあるので書いておきました。
 他にも世界恐慌が1929年。
 オイルショックもありましたし、共産主義と資本主義の対立が起きていたのもこの100年の範囲。
 金融システムの面で見ても金本位制が廃止されたり為替が固定相場制になったり変動相場制になったりユーロが導入されたり…
 私は世界史も経済史も得意ではないので付け焼刃の知識ですが、ちょっと調べただけでもこれだけ大きな事が起きているし、ここに書いた以外のもたくさんあります。
 そういう諸々の出来事全てひっくるめた上でなお「100年に1度の危機」と表現したのでしょう。
 もしかしたら危機感を持ってもらうためにちょっと大げさに表現しただけかもしれませんが、それでも相当に大きな危機なわけですよ。
 それこそ第3次世界大戦が起きてもおかしくないかもしれないような事なわけです。

 で、この危機をどう対処したものかわからなくて、世界中が一生懸命思案している最中なわけですけど、日本の政治はどうするつもりなんでしょうか?
 自民党は例の如く「選挙に勝てない」の一点張り。
 …今それそんなに大事な事なの?
 戦争が起きたり暴動が起きたり内戦が起きたりするかもしれないような状態なわけですよね「100年に1度の危機」ですから。
 なのに「選挙」…
 外交が得意(という事になっている)麻生総理はロシアに行ったりアメリカに行ったりして、「内政がダメなら外交で挽回」と考えていたらしいのですが、何か収穫はあったんでしょうか?
 向こう側もいつ代わるかわからないような総理大臣相手ではマトモに外交などできないのでしょうけど、それにしたって何をやってきたのか疑問。
 「ドルの安定が大事」というような事を「確認」し、米国債(おそらくドル建て)を買い支えるような雰囲気になったようですけど、この「危機」の時にドルで大丈夫なんでしょうか?
 消去法的に「ドルしかない」というのが現状なのかもしれませんが、この100年の間に基軸通貨が変わった事もあるし金本位制や変動相場制などシステムの変更が起きた事もあるのに、本当に「ドル」で大丈夫なんでしょうか。
 数年後に基軸通貨が変わるという事も起こりえるのでは?
 基軸通貨が変わり、ドルが暴落したら、日本が持ってる米国債は紙くずになってしまうのではないでしょうか。
 そうなった時この国の財政はどうなるの?
 米国債を買っても暴落買わなくても暴落、というのがもしかしたら現実なのかもしれませんけど、そういう場合にどうするべきかとか考えてるんでしょうか?
 もしかして何も考えずに「今までだってこうやって来たから今回もこれでいい」とか惰性で行動してるんじゃないでしょうね。
 現状の日本の状態を考えると、「今までの延長線上であってくれるのが一番良い」のかもしれませんが、希望と現実が一致するとは限らない。
 国全体を預かっているのだからあらゆる状況に対処する方法を考えておいてくれないと困るのですけど…
 日米関係が外交の基本という考え方が悪いとまでは言いませんが、アメリカ以外に仲間がいないというのはどうなんだろう?
 国家としてドル以外の通貨も蓄えてバランスを取った方がいいはずなのですが、そういう話はあまり聞かない。
 危機管理とか出来てるのでしょうか?
 いや、それ以前に国内の、というより永田町の中での政治力学の枠の中でしか考えられない今の日本の政治家たちで「100年に1度の危機」に対処できるんでしょうか?
 自民党は「選挙に勝てない」、民主党も「もうすぐ政権交代」だけ。

 政治の原点に戻って考えると、選挙に勝つのはとても大事です。
 理想の社会を作るための政策を行うには選挙に勝たなければいけませんから。
 つまりは「選挙に勝つ」のは手段であって目的ではないわけです。
 しかし自民も民主も「手段が目的化」している。
 大切なのは「政権を取ったらどうするのか」なんですけど、その「選挙後」を国民に説明したりはしない。
 選挙は「ゴール」ではなく「スタート」のはずなんですけど、もはやそういう意識が無い。
 この「100年に1度の危機」に対処するのならば「国内の政治」がどんなにわかっていてもそれだけでは足りないでしょう。
 国際的な経済全体の事情に相当に詳しい人間でなければどうにもならないはずですが、そういう声も聞こえてこない。
 外交上手や政策通を気取るなら、国際会議の場で「IMFを中心に新しい経済システムを構築しよう」と提言するぐらいの事はやって欲しいんですけど、実際には酔っ払い大臣がコントみたいな記者会見で「あ、ふぅ~」とやっただけ。
 国内に目を向けても最近では「小泉元総理が造反するかもしれない」でオロオロ。
 定額給付金に賛成するとか反対するとか、一度賛成したのに次に反対するのは筋が通らないとか、処分をするべきかしないべきか、とか…
 …ねぇ、それ今やらなきゃいけない事なの?
 それってそんなに大事な事なの?
 2兆円バラ撒いたら「100年に1度の危機」は回避できるの?
 小泉を説得すれば経済は立ち直るものなの?
 もしかして本当は「100年に1度の危機」に対して打つ手が無いからそれを誤魔化すために騒いでるだけなんじゃないの?
 何もやってないと「無能」とか「サボってる」とか言われるから、何でもいいから大騒ぎしてとりあえず国民の目を逸らしておいて気分を紛らわしているだけ、とか。
 早い話が「政治やってるフリ」をしてるだけなのでは?
 民主党も民主党で何がしたいのかよくわからないし…
 先月は「政府紙幣」と言う怪しい単語まで飛び出していましたが、あっちの方がまだマシです。
 個人的には政府紙幣には反対ですけど、「小泉処分、是か非か」で騒ぐぐらいなら「政府紙幣、是か非か」で議論してもらった方がまだマシです。
 小泉をどうにかしたところで景気は回復しませんが、政府紙幣なら良くも悪くも何かの変化は起きるはずですから。

 ところで、自民党がどんな政策を出そうとしているのか知りたかったので自民党のサイトに行ってみたのですが、変な表記がありましたよ。
 「2/75 世界最大級の景気対策」だそうです。
 個人消費で2兆円(定額給付金の事ですね)と75兆円の事業規模の景気対策と言いたいようなのですが…
 分数使っちゃマズイだろ。
 これは何かのジョークなのか?
 サイトの中のPDFファイルにアクセスしてみたら「暮らしに届く/75」とか「雇用を守る/75」とか「金融・経済を強くする/75」とか書いてあるけど、この表記通り受け取ったら「75分の1しか雇用を守りません」としか読めないぞ。
 何だコレ?
 マジか?
 ギャグか?
 天然ボケか?
 それともコレが本音なのか?
 それくらいしか出来ません、という敗北宣言?

 「100年に1度の危機」…この表記通りで考えるなら世界大戦が起きてもおかしくないし、通貨危機も起きるだろうし、国際的な為替システムが変わるかもしれない。
 私たちの資産は紙くずになるかもしれないし、失業率が数十パーセントになるかもしれない。
 かつての共産主義のような悪平等主義が蔓延るかもしれないし、治安がものすごく悪化するかもしれない。
 株価だって最高値の10分の1ぐらいまで落ち込むかもしれないし、全ての金融機関が破綻するかもしれないし、大企業が軒並み潰れるかもしれない。
 近隣のアジア諸国が経済崩壊を起こせば大量の難民がボートピープルとなって押し寄せるかもしれない。
 本当に何が起きるかわからない。
 そんな危機に対する日本の政治の対応策は当面「今まで通りアメリカについていけば大丈夫」「小泉をどうする?」「選挙に勝てない」「2兆円バラ撒け」「75分の2(という表記)」…
 大丈夫か、オイ?
 民主党も「放っておけば政権交代」のみ。
 その後どうやって行くのかがよくわからない(特に国際経済方面は何も無い)。
 …勘弁してくれ。
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 記事中の表記に凡ミスがあったので一部を削除しました。

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