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 いや~スゴイね、内部留保
 先日も企業には内部留保額がたっぷりあるとは書いたのだけれど、あの時点ではその金額がどの程度のものなのか正直よくわかっていなかった。
 もちろんあの金額は相当に大きく十分な額だとは思っていたけれど、それ以前の数字がわからなかったので、もしかしたら減り続けた結果があの額なのかも…なんて思っていたら大間違い。
 何とこの内部留保、景気回復前の02年3月期末から見て倍増していたらしい。
 以下引用。


大手製造業、株主重視で人員削減 内部留保、空前の33兆円 (共同通信)

 大量の人員削減を進めるトヨタ自動車やキヤノンなど日本を代表する大手製造業16社で、利益から配当金などを引いた08年9月末の内部留保合計額が、景気回復前の02年3月期末から倍増し空前の約33兆6000億円に達したことが23日、共同通信社の集計で明らかになった。過去の好景気による利益が、人件費に回らず巨額余資として企業内部に積み上がった格好だ。


 見出しに「空前の」なんて言葉が付いてますよ。
 恐れ入りました。
 戦後最長の景気回復(実感無し)ってこういう事だったんですね、やっぱり。
 ウハウハでガッポリじゃないですか。
 景気が悪くて業績が伸びなくて国際競争力が無くなるからという理由で、正規雇用を減らし本来労働者に渡るはずの賃金をピンハネし続けた結果が、景気回復前の倍額の内部留保
 よくもまぁここまで搾取したもんだ。
 不景気を理由に渋りに渋って溜め込んで資産倍増。
 守銭奴ここに極まれり。
 これだけ労働者からピンハネしてれば物が売れないはずだよ。
 どこぞの大ボケ経営者が「景気が良くなっているのに何でものが売れないんだろう?」とか寝ぼけた発言をずいぶん前にしてましたけど、そりゃお前が溜め込んでるからだろ!
 これでハッキリしましたね。
 この国の大企業はず~っと労働者を食い物にしていたわけです。
 内部留保が倍に出来たという事は、使い方さえ誤らなければ正社員の数をもっと増やせたわけですね。
 それなのに都合が悪くなったらいつでもポイ捨て出来るように、派遣社員期間工のままにし続けていたわけですか。
 もし、もっと前から内部留保額を削ってでも労働者を正規に雇い賃金を上げていたら、内需はもう少し高まっていて、今回の不景気のダメージももう少し弱かったかもしれないのに…
 あ~あ…やっちゃたよ。
 本格的な景気回復のチャンスをみすみす逃しちゃったわけですか…
 労働者を奴隷の如く低賃金で酷使して、自分達はガッポリと溜め込んでたくせに、景気が悪くなった途端に期間満了前にクビを切っちゃったわけですね。
 その溜め込んだお金を使えば救えるのに…

 さすがにマズイと思ったのか、いすゞ自動車は期間労働者の契約打ち切りは撤回したようです。
 期間満了まではちゃんと雇うとか。
 当然と言えば当然ですよね。
 最初からそういう契約なんですから。
 もっとも期間満了後の更新はせず、また一方の派遣社員の方は救済措置も無く切りっ放しのようですが…
 メチャクチャですね。
 人間を大事にしないとイメージ悪くなってその内相手にされなくなると思うのですけど。
 それでも、この期間労働者救済の動きが他の企業に広がってくれればいいのですが…
 「けちんぼトヨタ」は動かないかな?
 人の心が無いんですかね?
 それともアレですか、懐の温かさと心の温かさは反比例するという法則でもあるんでしょうか?
 お金を持てば持つほど心が貧しくなる法則、とかそういうようなものが。

 そういえば不思議なもので、この内部留保に関する報道はテレビではあまり見かけません。
 なぜでしょう?
 やっぱり以前の「マスコミの厚労省叩きは異常だ、広告止めてやろうか!」というあの脅しが効いているんでしょうか?
 イヤですね、人をこき使ってガッポリ稼いだ上に文句を言う奴を脅迫するような会社。
 ホントに日本を代表する大企業かよ?
 チンピラじゃねえのか?
 それとも弱肉強食が資本主義の基本だから、金さえあれば何しても良いのか?
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 条件付きとはいえ消費税アップという方向に決まったようですね。
 この条件である「経済が好転したら」という表現も曲者ですが…
 以前3パーセントから5パーセントに上げた時も、景気が回復しかけた時に上げたから景気が一気に悪化し長期化したような印象が残っているのですけど。
 もっとも財政面から、上げないとどうにもならないのは事実のようなので、上がるのは仕方が無いかも。
 さて、今回はあまり使われなかったのですが、この手の話題の時に「諸外国はもっと高いのだから…」というような論調がよく使われます。
 諸外国は消費税が15パーセント以上、中には20パーセント以上の国もあるのに日本はわずか5パーセント。
 せめて諸外国並みの税率に…と言うような論調です。
 何でもかんでも横並びが大好きな日本人はこの「余所もやってるから」という言葉に弱いんですよね。
 だから政治家が諸外国並みに、なんて言うと「そうなのかな」と妙に納得してしまったり。
 ところでこの「諸外国並み…」って説得法、なんだか卑怯な気がしませんか?
 消費税に関しては必要だから仕方が無いのでしょうけど、それにしたってその説得法が余所の国の基準というのもなんだか情けない話。
 そもそも国民に対して「諸外国並みの負担」を強いるくせに当の本人達は「諸外国並み」ではなかったりします。
 例えば「諸外国」には議員宿舎はありません。
 わずかにそういう例は存在するようですが、世界の多勢は「議員宿舎無し」です。
 国民にも「諸外国並み」の負担を強いるのでしたら自分たちの待遇も「諸外国並み」にするのが当然だと思うのですが、そういう事は言わない。
 自分たちの都合の良い時だけ余所の状態を基準に出し、都合の悪い事にはその基準を使わないという姿勢はどうなんでしょうか?
 「俺は良いけどお前はダメだ」って…

 ジャイアンかよっ!

 他にもこの手の「ジャイアニズム(ジャイアン主義)」はたくさんありますよね。
 官僚の天下りとか。
 国民には諸外国との横並びを強要しておいて、自分達はそうしない。
 論法として卑怯ですよね。
 消費税を「諸外国並み」にするなら、その他の面においても「諸外国並み」にすると明言すべきでしょう。
 また、この「諸外国並み」という言葉も曲者。
 「諸外国」って何処でしょう?
 アメリカですか?北欧ですか?
 社会福祉に関して一般的に、北欧は高負担高福祉、アメリカは低負担低福祉と言われています。
 この諸外国並みという言葉を使うとこういうことも出来ます。
 負担を諸外国並み(北欧並みの高負担)にする代わりに福祉も諸外国並み(アメリカ並みの低福祉)にします。
 高負担低福祉…国家丸儲けの構図完成。
 諸外国並みって言葉を使うならどこの国をモデルにしているのかをハッキリさせるべきでしょう。
 国家だけでなく企業の方でも同様の要素があるのではないでしょうか?
 雇用問題を「諸外国並み」にするのに賃金や労働環境は「諸外国並み」にはしない。
 日本人は長期のバカンスとか取りませんもんね。
 資本主義を導入しているのに「諸外国並み」の配当を株主にせず「諸外国並み」以上に内部留保し、諸外国では考えられない株の持ち合いをし、「諸外国並み」の法人税を要求。
 一つ一つは一見もっともな意見なのですが、全体で見るとバラバラ。
 一体どこへ向かって何をしようとしているのかが不明。
 平たく言えばビジョンが無い。
 無いなら無いなりに借り物でもいいのでビジョンを提示すればいいのに、借りてきたビジョンはあちこちの部品をかき集めて合成したような整合性の取れていない怪物のようなビジョン。
 キメラ合成獣とかフランケンシュタインの怪物みたいな恐怖の代物です。
 わけがわからない。
 これなら余所に合わせないで日本独自のやり方を考えた方が良さそうな気がします。
 それとも日本人は物事をキチンと考えるのが苦手なのでしょうか?
 ジャイアニズムも相当に酷い論法ですが、それを叱るお母さんも実は酷かったりしますよね。
 子供の成績が悪いと「余所の子はもっと出来るのに、何でアンタは出来ないの!」と言い、その反面子供が「小遣いが友達よりも少ない」と言おうものなら「余所は余所、ウチはウチ!」で済ます。
 立派なダブルスタンダードです。
 最近はこういう叱り方はマズイと教育評論家などが言っていますが、あんまり改善されてないんじゃないでしょうか。
 自分の子供に対してすら、キチンと論理立てて説明をしようとすらしない国民性であり、しかもそれを当然のように感じている国民です。
 都合のいい部分だけを持ち出す説得法のいい加減さに無頓着なのも仕方が無いのかもしれません。
 この日本人のいい加減さに気付いてそれを利用した人間は、おそらく多くの人から容易に搾取する事が可能でしょう。
 逆にそれに気付かない限りは一方的に搾取され続ける。
 頭が良い訳でもなく体力にも自信の無いのに、ドラえもんがやってこない一般的な「のび太君」には受難の時代と言えましょう。
 「諸外国並み」と言われたら、その国の本当の姿を正確に知る事がまず必要なのでしょうね。
 都合の良い所と悪い所、キッチリ見定めて判断しましょう。
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 不景気だから派遣社員を減らして経費を浮かそうと考えるのはわかるのですが、もうちょっとどうにかならないのでしょうか?
 例えば派遣社員のシフトをずらして仕事量と給料を半分にする代わりに派遣社員を極力切らないようにするとか、正社員も含めて全員のボーナスを下げ、賃金もちょっとだけ下げる代わりに雇用を維持するとか、そういう方法は無かったのでしょうか。
 派遣社員が増え始めた頃はワークシェアリングという言葉も使われ始めていて、一人でフルタイム働くのではなく複数の人員で短時間ずつ働くという形態もあるのではないか、というような論調もあったはずですし…


 というような感じの文章を書こうと思っていたのですが、妙なニュースを見つけてしまいました。
 以下引用



 クビ切り“ギロチン”企業まだこんなに金持ちだ! (ゲンダイネット)
「5年間全社員を草むしりさせても、今のレベルの給与を払える」

 期間従業員のリストラを発表した大企業の経営陣がこう話していたと、ある経済ジャーナリストが暴露する。米国金融危機のあおりで一気に冷え込んだ消費。人員削減は苦渋の選択だったように見えるが、なんのなんの、大企業はまだまだ懐に内部留保やキャッシュを十分ため込んでいるのだ。

 一覧表は、期間従業員や派遣社員、請負社員などの削減を決めた大手8社の“金持ち度”だ。直近の有価証券報告書(四半期、半期含む)に記載された内部留保(利益剰余金)や、現金、定期預金、流動性のある有価証券の金額は、兆円単位の数字がずらりと並ぶ。今でこそ各社が業績の下方修正や赤字を連発しているが、思い返せば、その多くは、08年3月期決算で過去最高益を上げるほどウハウハだったのだから当然だ。好業績に合わせて、役員報酬もどんどん膨らんだ。


●内部保留は兆規模、キャッシュもたっぷり

 もちろん内部留保は、新たな設備投資など企業の成長に充てる大事なカネではある。キャッシュだって手元に置いておけば安心だろう。が、一方で、年収300万円程度の派遣社員は住む家まで奪われる。この世はどこか矛盾していないか?

「余裕のある会社ほど早めにリストラに動いていますね。経営者は口先では『(雇用を)努力する』と言っていますが、本心は、非正規社員はリースした設備と一緒で、余ったら返せばいいと考えている。人間としてカウントしてなどいません。むしろ、小泉政権の04年に製造業向けの派遣が解禁されたことで、今回のリストラでは正社員に大きく手をつけずに済みホッとしていますよ」(経済ジャーナリスト・有森隆氏)

 ここでも小泉規制改革の弊害が庶民を苦しめている。こりゃもう、非正規社員は暴動を起こすしかない。


◇企業名/内部留保/現金、定期預金など/役員報酬(平均)

◆キヤノン/2兆9050億円/8873億円/5004万円

◆トヨタ/12兆6658億円/2兆5845億円/1億2200万円

◆日産/2兆8204億円/5039億円/3億5583万円

◆ホンダ/5兆3629億円/9544億円/6057万円

◆ソニー/2兆850億円/1兆1761億円/2億8986万円

◆シャープ/8341億円/3270億円/1億1030万円

◆東芝/7166億円/2667億円/6087万円

◆コマツ/7911億円/774億円/1億3571万円

(日刊ゲンダイ2008年12月18日掲載)


 えーっと…慌てて派遣社員をクビにする必要は無かったんじゃないでしょうか?
 内部留保はもちろん大事ですけど、それを温存して一体何をするつもりなんでしょうか。
 もちろん自由になるお金がたくさんあれば、いざという時に設備投資が出来たり、その他様々な「非常時」に備える事ができますから、安易に使う事が正しいとは思いません。
 でも、今世界は「100年に一度の危機」なんですよね?
 今がその「非常時」ではないのでしょうか?
 業績が悪化している昨今、早い内から経費削減などの手を打っておく事はとても大事な事でしょうけど、派遣社員を期間満了前に解雇したのはやり過ぎだったんじゃないでしょうか?
 期間終了前に会社都合で労働契約を終了させるのは契約違反ですよね。
 これだけの内部留保があれば、例え仕事が無くても派遣社員や期間工の労働期間満了まで雇う事は出来たんじゃないでしょうか?
 例えその後雇い止めにしたとしても、それは当初の予定通りなのだからある意味では仕方が無い事。
 しかしそれまでは雇い続けるのが義務なのではないでしょうか。
 それが全く出来ないと言うほどの状態ならともかく、内部留保から考えれば可能なはずですよね。
 それをやらないと言うのはちょっと酷すぎるのではないでしょうか。
 普通に考えたって契約違反なのだから解雇するなら違約金ぐらいは支払うべきでしょう。
 当然、雇用期間中は仕事が無くても寮などは使えるのでしょうから、期間満了まで寮に住み続けながら次の仕事を探す事も出来たはずです。
 最近になってこの派遣切りをされた人たちに対していくつかの企業や自治体が救いの手を差し伸べ始めましたが、そもそも派遣切りをした大企業が内部留保を溜め込まずに雇用期間満了まで雇い続ければこんな大きな騒ぎにはならなかったはずです。

 こういう矛盾、どうすればいいんですかね?
 各企業の株主にでもなって株主総会で文句を言えばいいんでしょうか。
 でも大手の企業はほとんど株の持ち合いなどをしているので、市場で売買されている株を個人投資家で買い占めたところで議決に影響を与えられませんよね。
 何なんでしょう、この違和感は。
 会社という組織が存続し続ければ人間など一人もいなくなってもかまわない、という思想のような気がするのですが。
 それともこの内部留保は何か別の使用目的が既にあるのでしょうか?
 自動車会社の場合は、ビッグスリーが破綻したら分割して買い占めようとしてるとか…
 何かおかしいですよね。
 内部留保が十分あるのに派遣を急いで切ったのは経営陣の自己保身でしょうか?
 それとも、これだけの内部留保があっても十分ではないという事なのでしょうか?
 下手に溜め込むといつか投資ファンドにこの国ごと買われて、会社を解散して残った資産を分け合ってしまおうなどという自体に陥ったりしないのでしょうか。
 それともこの内部留保があるという話自体がガセだったりして…
 もう何がなんだかわけがわかりません。
 単純に考えて、派遣期間の終了期限が来年の3月までだったとして、残り4ヶ月ぐらい。
 一般に派遣社員の年収が300万などと言われていますから(実際はもっと低いとは思いますが)4か月分だと100万円。
 一万人の非正規雇用者に払うべきだったお金が一人100万だったとしても全体で100億円。
 内部留保の数パーセントにも満たないような気がするのですが…
 100年に一度の危機のために内部留保を数パーセント削るのはそんなに経営上マズイ事なんでしょうか?
 当然一般人には知る由もないような大きな理由があるんですね?
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 「ピンチはチャンス」という言葉を耳にした事がある人は多いと思うのですが、これって本当なんでしょうか?
 もちろん状況によるとは思うのですが…

 ただいま世界中が大変な事になってますよね。
 金融危機です。
 100年に一度の危機という人もいます。
 「ピンチはチャンス」…今、何かチャンスなんでしょうか?
 世情がこの状況なので暗い話ばかりになってしまう昨今、ちょっと無理矢理にでも明るい方向に話を持っていこうかと思いまして、「ピンチはチャンス」を前提に「今現在は100年に一度のチャンスでもあるんだ」という視点で何か良い事を強引に考えてみようと思ったのですが、結構難しいです。
 株は下がってます。
 買い時…なんでしょうかね?
 そりゃあ長期的に見れば買い時なのかもしれませんけど、それは会社が潰れなければという前提があっての事。
 100年に一度の危機では「大丈夫な会社」がどれほどあるのかわかりません。
 個人レベルでこの経済危機がチャンスになるケースは少なそうです。
 探せば何かあるのかもしれませんけど…
 世界的に100年に一度の危機なので、「世界にとって100年に一度のチャンス」という風に捉えてみましょうか。
 世界にとって何のチャンスがあるんでしょうか?
 先日、日中韓の三国が協力して金融危機に対処しよう、というような合意がなされていました。
 経済危機解決という共通の目的があれば、バラバラだった世界中の国の意思を一つにまとめる事もできるのかもしれませんが…
 状況によっては逆に仲が悪くなる事もありそうですよね。
 金融危機を理由に各国政府の連絡を密にすることで、外交上の距離を縮め、今後の外交面での親密さが増すための土台になってくれれば良いなぁ、とは思います。
 他には何か無いですかね?
 温暖化対策にはならないでしょうか?
 経済が活発化する事でCO2排出量が増えるのならば、経済が停滞すればその分CO2排出量も減る…と考えていいのでしょうか?
 データが無いので何とも言えませんけど…
 先日ニュースで白物家電が意外と売れている、との報道がありました。
 もちろん不況の影響はあるのでバカ売れというわけではありませんけど。
 その売れている理由、というか買っている理由の主なものは「節約になるから」というもの。
 エコ技術の進んだ家電は電気代や水道代が安くなるので、ちょっとまとまった出費をしても数年で元が取れる、という発想だそうです。
 CMで「エコ換え」という言葉も流れています。
 正直な所、個人的にはまだ使えるものを捨ててまで新しいものに換えるのは本当にエコなのだろうか、と疑問に思っているのですが、この際そこは目をつぶりましょう。
 日本のCO2削減量はなかなか達成されず、個人個人の意識が低いとまで言われていました。
 実際そうなのかもしれません。
 が、現在「エコのため」ではなく「節約のため」にエコ家電に買い換える人が増えているのならば、これはCO2削減量を増やすチャンスなのかもしれません。
 エコ家電を「エコ」を前面に出すのではなく「節約」を前面に出してPRする事で、シェアを伸ばしCO2削減をすると共に家計を助け、かつ家電業界だけでも消費を活発化させるという方向はどうでしょうか?
 …ある程度懐に余裕がある人だけにしかできませんけど。
 政府が環境保護も兼ねて力を入れるのならばエコ商品だけ消費税を免除するとか、エコ商品を買う事だけを対象にした低金利ローンを国策として行うとか。
 住宅ローンもエコになっている建築物ならば金利を優遇し限度額を増やすとか、カーローンがあるのだから「太陽光発電パネル設置ローン」という制度を作るとか。
 言葉を言い換えて本質を隠すのは日本国政府の得意技なのですから「環境保護」という本質を「節約」とか「家計救済」という言葉に置き換えて、無理矢理環境保護を進めてしまうというのはどうでしょうか?

 他は…暴走しがちだった資本主義を見直し、新しい社会を築くための生みの苦しみ、と考える事にしましょうか…
 「ピンチはチャンス」という言葉は単なる精神論かもしれませんけど、何もしなくても状況が悪いのはわかっていますから、せめて少しぐらいは「不況のメリット」というのを考えてみるのも悪くはないかと思いまして。
 状況が悪いのを「悪い」と言ったところで事態は改善しないのですから、屁理屈だろうが何だろうが、無理矢理にでもプラスになりそうな視点を皆で考えてみませんか?
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 先日、政府の住宅減税に関する話の中で「200年住宅」という言葉が出てきたので、ちょっと気になって調べて見ました。
 この200年住宅に関する構想が初めて出たときにはエコの観点などもあり、漠然と「良いんじゃないかなぁ」と思っていたのですが、少々気になるところが出て来ました。
 その前に、グーグルで検索したら真っ先に出て来た物を並べておきます。
 PDFです。
 ・200年住宅ビジョン(概要版)
 ・200年住宅ビジョン
 ↑クリックするとパソコンならPDFが開くと思います。
 本物かどうかわかりませんが、自民党の政務調査会の資料のようです。
 福田前総理の名前と平成19年5月の日付があります。
 時期的には福田さんが総理になる少し前でしょうか。
 内容を大雑把に要約すると、日本の住宅の寿命は諸外国に比べて短いので、長期の使用に耐えうる住宅を増やし、そういう住宅の価値も高く評価するようにしよう、という真っ当な物です。
 また、住宅を長期に使用する事によって建築廃材を減らすなどエコの視点も含まれています。
 住宅を長期に使用するとなると、経年劣化に伴う様々な問題もあるのでそれらに対する視点も含まれています。
 具体的にどのような住宅なのかと言うと、建物全体の枠組みに当たる部分を長期の使用や地震にも耐えられるような頑丈な構造にし、それ以外の内装部分などは簡単にリフォームを出来るような建物にする、という事のようです。
 また、この200年住宅を前提に、リフォーム費用などの金銭工面をし易くするようローンなども新たに考慮するというような文章もあります。
 他にも細かい事がたくさん記してありますが、極めてまともです。
 これが昨今の自民党を見ていると「これが同じ政党か?」と思えるほど理想的です。
 で、何が気になったかと言うと…この家、誰がいつまで住むの?という点です。
 もっとハッキリ言うと「相続税どうすんの?」です。
 200年住宅構想は正しいと思います。
 国全体の未来を考えればこういう指針は必要でしょう。
 ただ、実際に日本の住宅の寿命が短いのは、建物の性能の問題だけではないと思うのです。
 私の近所の町並みは数年経つと原形を留めていないのでは?と感じてしまう程に変化しています。
 いつも街のどこかで住宅が壊され、新しく作られています。
 とはいっても全てが同時に入れ替わっているわけではなく、あちこちの家が順番に入れ替わっているので、住宅の築年数は一軒当たり30年程度で、平均的だと思います。
 都市部では良くある光景であり、私の家の近所が特別町並みの代謝が早い、というわけではないでしょう。
 さて、その代謝の理由ですが、ほとんど全てが「相続」がキッカケです。
 近所のお年寄りが亡くなると、数年以内に必ず家が取り壊され、一軒建っていた所が二分割され、二軒の小さな家が建ち、その内の一軒に以前から住んでいた人たちがそのまま住みます。
 概ねこのパターンです。
 なぜそうなるかと言うと、相続税が原因です。
 都市部では土地の値段が高いので、余程の現金資産がない限りは土地の相続税を払いきる事が出来ません。
 金銭で払う事が出来ない家は当然別の方法を考えるしかありません。
 物納をするか、土地を売ってその費用で税金を払うか。
 どちらにしても敷地面積の大部分に「住宅」が存在する場合は、その邪魔な「住宅」を取り壊して、一度更地に戻す必要があります。
 例えその住宅が頑丈に作られていて、まだ十分に人が住める状態であってもです。
 否応無しに住宅を壊さなければなりません。
 一般に人間の一世代は30年と言われています。
 日本の住宅の寿命も30年…
 妙に合致します。
 この日本の住宅の寿命の30年という数字も、調査の仕方によって変わってくるようなので正確な所はわかりませんが、ちょっと仮説を立ててみます。
 例えば男性が40歳の時に家を建てたとしましょう。
 そしてその男性が70歳ぐらいで死んだとしましょう。
 そこで相続発生です。
 ちょうど30年ぐらいで家を取り壊す必要が出てきてしまうのではないでしょうか。
 もちろん実際には20代や30代で家を建て、80歳ぐらいまで生きる人もたくさんいるでしょうから、この理屈は少々無理があるでしょうが、相続がキッカケでまだ使える住宅が壊される、というのも現実でしょう。
 住宅以外に主な資産が無いのに、住宅を壊さずに相続を終えるにはどうすればいいのか。
 簡単なのはその家を壊さずにそのまま土地ごと売ってしまう事です。
 これなら簡単ですよね。
 持っている資産を全て現金化してそこから税金を払って、残りを遺族で相続する。
 とても分かりやすい形です。
 では、多くの人はなぜそれをしないのか?
 これも簡単ですよね。
 住み慣れた土地を離れたくないからです。
 人間関係なんかもありますから、なかなか住み慣れた街を離れたくはないでしょう。
 今まで築いてきた人間関係を全部捨て、新しい土地で新しく人間関係を築く。
 若いうちならまだしも、それ相応の歳になると辛いものです。
 ではどうする?…という問題なわけですよね。
 つまり、住宅の寿命が短い原因には、「相続税を払わなくちゃいけないけど払えない、でも引越ししたくない」→「住宅を壊して、一部を売ってもう一度住むしかない」という流れがあるはずです。
 全部が全部この理屈で説明できるわけではないでしょうが、こういう理由のケースも無視できない程度にはあるはずです。
 相続が発生した時に、近所にちょうど手頃な住宅が空いていれば、住宅を壊さずに売り払って、その近所の住宅に住む、という事も考えられますが、たまたま相続の時期にそんな都合のいい物件があるとは限りませんよね。

 さて、200年住宅です。
 どうしましょう。
 相続が発生してもまだまだ住宅の寿命は残っています。
 エコの観点から見て「壊すのはもったいない」ので壊せません。
 当然、壊さずに売るしかない。
 寿命が長い住宅ですしリフォームも容易なはずなので、売買自体には大きな問題は起きないとしておきましょう。
 さぁ引越しです。
 どこへ…?
 近場にあるんでしょうか、ちょうどいい住宅が。
 あるならば問題はないでしょう。
 しかし、もしなかったら…
 200年住宅の普及=相続時強制引越し時代、です。
 200年住宅構想では、住み替えがスムーズに行くようなシステムの構築、という文言があります。
 が、そこに住み慣れた街にそのまま住み続ける、という選択肢は明記されてはいません。
 住み替えがし易いように、当人の要望は重視するでしょうが、上手い具合にその近くに住宅がある保証はどこにもありません。
 「家を壊して建て直して住み続ける」以上に魅力的な選択しになる可能性は高くはないのです。

 相続をするのが若い世代だけならば、まだいいでしょう。
 随分昔に片親が死去し、今回もう一人の親が死去したために相続発生→引越し。
 親の一人暮らしが心配なので同居をしていた子供世帯、というのは十分に考えられます。
 その場合、残るのは若い世代なので、新しい人間関係を築く負担も老いてからの引越しに比べれば楽でしょう。
 でも、それでいいんでしょうか。
 少々視点がズレますが、近年地域社会が崩壊したと言われています。
 そして中にはそういう昔ながらの地域社会を復活させようという様な動きもあります。
 地域社会や人間関係とはどういうものを想定するかには、個人差があるでしょう。
 私の考えが古いだけなのかもしれませんが、昔並みの地域の人間関係を築くとなると、それなりの期間が必要だと思います。
 一番簡単なのは小学校の頃からの知り合いを中心にした人間関係です。
 子供の頃から知っている友人が近くに住んでいて、そういう人間を中心に人間関係が広がって行く。
 最も簡単なケースだと思います。
 もちろん結婚相手までその中にいるとは限りませんので、配偶者から見れば知らない人ばかりという事にはなりますが、夫(妻)の昔からの知り合いという事なら、見ず知らずの人間と一から関係を築くよりは容易でしょう。
 同じ地域に同じ人間が住み続けるのが、地域社会における人間関係の基本ですし、大げさに言えばそこから「郷土愛」のような物が生まれるのでしょう。
 しかし、200年住宅構想はそういう人間関係を遮断してしまう恐れがあります。
 200年住宅が標準化し、引越しが多くなれば人間関係も希薄になり郷土愛も育みにくくなるのではないでしょうか。
 相続の度に引っ越す。それはつまり30年毎ぐらいに家族全員で引っ越すという事になります。
 30年あれば郷土愛も育つだろう、とも考えられますが、15年ぐらい住んで「この街いいな」と思い始めてもそこから「15年ぐらいしたらまた新しい町に引っ越すんだな」という意識があったら、どこまで郷土愛が育つかはわかりません。
 郷土愛は個人の心の問題ですが、地域社会の人間関係力は確実に低下するのではないでしょうか。
 とはいえ、200年住宅構想は捨て難い。
 「200年住宅構想」と「地域社会の人間関係」を両立させる方法は無いのでしょうか。

 そもそもの原因である相続税を撤廃する?
 もちろんそんな事はできないでしょう。
 相続税には富の再分配という重要な役割もあるのですから。
 それとも相続財産を「リート」のように証券化しますか?そうやって資産を名義上他人に売り渡しつつ、その家に「家賃」を払い続けながら住み続けるとか…

 一つの提案として相続税の分割払いを多用する、という方法もありそうです。
 詳しい事はわかりませんが、確か相続税は何かの理由がある場合は数年間に渡り分割して払うという制度があったと思うのです。
 ちょっと記憶が怪しいですが…
 もしその制度をもっと広く採用し、200年住宅を相続する場合は長期に渡って相続税を分割納税しても良い、というようにすれば、地域の人間関係を維持しつつ、200年住宅を普及させる事が出来そうですが…
 その場合、状況によっては数十年間「相続税」を払い続ける事になるでしょうが、新たに住宅を取得するのと金銭的には大差ないはず。それでいて、人間関係はそのままですから、個人差はありますが選ぶ人は多いかと。
 それでも個々のケースによっては難しくなるでしょう。
 相続する住居が大きく、とても相続税を払いきれそうに無い場合や、相続する遺族の人数が多い場合など、紛糾しそうです。
 住宅と地域社会…
 考え始めると結構難しいです。
 個人主義の台頭に合わせ「人間関係なんか気にするな、好きな所に好きなだけ住んで他の事は考えるな」というような所に落ち着いてしまうのでしょうか。
 それが平均的な「都市に住む人間の価値観」であり「現代人の生き方」と言われればそれまでですが…
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 アメリカの自動車大手3社を救済するか否かでアメリカは揉めています。
 この話題が最初に出たとき、この3社の代表がプライベートジェット機でやって来た事に対して批難する声が上がっていたのは記憶に新しい所です。
 それ以前にも米保険会社の大手を救済する際にも、経営陣のこういう金銭感覚の無さが指摘されていました。
 こういう金銭感覚に対する批難の論法は唯一つ「金の無心に来たのに自分達は贅沢三昧とは何事だ!」という物です。
 まぁこの経営陣の常識の無さには首を傾げざるを得ないのですが、今回はなぜこの人たちはこんな変な感覚を持ってしまったのか、という点に関してちょっと心当たりがあるので書いてみたいと思います。

 さて、皆さんは「大金を稼ぐ」という事に対してどのような感覚をお持ちでしょうか?
 単純に羨ましかったりするだけですか?
 そういう気持ちは人それぞれでしょうが、もしアナタが「楽してお金持ちになる方法」という物を知っていたとしたらどうしますか?
 迷わず実行しますか?
 ここで迷わず実行で来てしまう人は最初からちょっと感覚が常人離れしているような気がしますが…
 普通の人は心のどこかでこう思うのではないでしょうか。
 「こんなに楽してお金を稼いでいいのだろうか?」と。
 道端で100円拾ったとかそういうレベルではありませんよ。
 冷暖房の効いた部屋で汗一つ流さず、部下に指示を出すだけで年収数億以上とか、そういう話です。
 一度やってみたい、とは思ってもやはりどこかで「お金は汗水たらして働いて稼ぐ物だ」という意識が邪魔をするのではないでしょうか。
 やっぱり何となく罪悪感を感じますよね。
 ましてその楽な仕事で判断ミスをして、他人にお金を借りなければいけないとなったら、まず自分の報酬を返上し私財を投げ打ってから、とか考えますよね。
 それなのにアメリカのあの人たちはそうしませんよね…
 それだけでなく「助けてもらって当然」みたいな顔をしてましたよね。
 なぜでしょう?

 近年日本でもいわゆる「金持ち本」とでも言うような本がたくさん出版されています。
 自腹切ってまで読もうとは思わなかったのですが、その内のいくつかがたまたま図書館に置いてあったので興味本位で数冊読んだ事があるのですが、ちょっと面白い傾向がありました。
 欧米系の著者及びその系統と思われる日本の著者のこの手の本に共通する考え方があるのです。

 少し話を戻します。
 先ほど、大金を稼ぐ事に対して多くの人は罪悪感を持つのではないか、と書きました。
 人間という物は罪悪感を感じるような行為を延々と続けるのは困難だと思います。
 罪悪感を抱えたままだと、必ずどこかで行動にブレーキがかかるものです。
 行動にブレーキがかかれば当然そこで止まります。
 大金を稼ぐ事に対して罪悪感を感じていたら、必ず大金を稼ぐ前に止まるはずなのです。
 まして罪悪感を感じるような行為に他人を巻き込み続けるようなことは出来ません。
 では、この世にお金持ちが存在するのはなぜでしょう。
 彼らは最初から罪悪感を感じない特殊な人たちなのでしょうか?
 罪悪感を感じる普通の人たちにはお金を稼ぐ事は出来ないのでしょうか?

 ここで先ほどの共通する考え方が出て来ます。
 それは罪悪感をかき消す魔法の言葉と言ってもいいでしょう。
 それは何か。
 答えは簡単。
 「他人を雇って給料を払うことは、経済全体にとってすばらしい事だ」
 という物です。

 細かい説明の前に一つ、お金持ちになるための前提という物があります。
 それは自分一人ではなく大勢を巻き込まなければお金持ちにはなれない、という物です。
 これら「金持ち本」の多くは自分で事業を起こす事を推奨しています。
 自分で事業を起こさない場合には投資を勧めています。
 それらの方法はつまり、自分のアイデアないしはお金を使って他人を働かせて、そこから大きな利益を得る、というのが基本です。

 多くの人は他人を働かせて自分は何もせず、利益だけを掠め取るのは悪い事だ、と考えます。
 しかし金持ち本では、「自分以外の人に仕事を与えた上に給料まで払ってあげているのだ」という考え方を提示します。
 この金持ち本の考え方だと他人を雇って働かせることは批難されるべきことではなく、むしろ「社会奉仕」に近い感覚になります。
 ちょっと何か見えてきませんか?

 一般労働者の感覚だと経営が悪化し解雇されるのは酷い事だ、となります。
 一生懸命働いたのに突然首を切るなんて、それが人間のすることか、と考えます。
 しかし、金持ち本の考え方で行くとこれはちょっと違います。
 金持ち本の考え方だと「いままで仕事が無いお前のためにわざわざ仕事を用意してやっていたのだから、むしろ今まで仕事があったことに対して感謝して欲しいぐらいだ」という事になります。
 傲慢だろうが何だろうが、そういう意識になっているのでしょう。
 そもそも自分で直接働かずに他人を働かせる事に対する罪悪感を消すために、先の論法で自分が「正しい」と信じ込んでいるのです。
 人間は自分自身が「正しい」と感じていなければ、大きな事は出来ないものです。
 逆に狂信だろうが何だろうが「正しい」と信じていれば、それは他人を巻き込む途轍もない大きなエネルギーになります。
 お金持ち達はお金持ちになるためのエネルギーを生み出すため、罪悪感を消すために自分を正しいと、あの論法が正しいと、信じ込んでいるのです。
 だからこそ、金の無心にジェット機で乗りつける、というような常識外れな行動にも出てしまうのでしょう。
 彼らに言わせれば「今まで我々が職の無い連中のために雇用を創出してきたのだ、むしろその事に感謝してくれ」とでも言いたかったのでしょう。
 そして会社が傾いた結果、雇用が守れなくなりそうなので国家に助けを求めたわけです。
 そこには「今まで我々は本来国家が責任を果たすべき雇用という分野を担ってきたが、そろそろ限界なので本来の雇用の責任者である国家がそれをやってくれ」という考え方があるのでしょう。
 経営責任を問われた所で、今回の不景気は自動車会社が直接引き起こしたわけではありません。
 彼らに言わせれば「今まで上手く行っていたのにどっかのバカが足を引っ張りやがった」という感じでしょう。
 過去の報酬に関しても「それは過去において我々がたくさんの人を雇用するという善行を行ってきた事に対する見返りなので、それを保持し続けるのは当然」という意識だと思います。
 こういう風に考えてみると彼らの「頭のイカレたような行動」も何となく説明が付きませんか?
 きっと彼らはこう思っていたのでしょうねぇ「我々は今まで多くの善行を積んできたのだが、そろそろそれも限界だ。いい加減我々に頼らずに自分達でやってくれたまえ。そして今まで社会を支えてきた我々に対して感謝をしたまえ」と。
 ゆえに批難される直前まで「今まで支えてくれてありがとう、これからは私達がやるから休んでかまいませんよ」と労ってもらえると思っていたのでしょうね。
 それならばプライベートジェット機で「凱旋」するのは当然だと言えましょう。

 …書いてて頭がおかしくなりそうです。

 ではなぜ彼らはそこまで「傲慢」になってしまうのか。
 その理由までは分かりませんが、金持ち本の内容からも一つの推察ができます。
 それは「努力をすれば必ず成功する」という神話です。
 この成功神話、誰もが当然のように信じていますし、そうであって欲しいとも思うので真っ向から否定もし辛いのですが、この考え方を「勝ち組」が「不変の真理として信仰」しているとちょっとした問題が起きます。
 もし、これが不変の真理であり絶対的な法則であるとするならば、勝ち組の人たちから見るとその他の人たちは「努力をしない怠け者」という事になってしまいます。
 この考えを先ほどの人たちに当てはめるとこうなります。
 「我々は努力をしてこの地位にいる。そして努力をしている我々は努力をしない怠け者をわざわざ雇ってやっているのだ。これは立派な社会奉仕だ」と。
 …どう思いますか、コレ。
 もうここまで来ると、世にたくさんある偉人伝など迷惑極まりない存在になってきます。
 誰もが努力をすれば無条件に成功するのならば、世の中誰も苦労なんかしません。
 落伍者なんか一人も出ないでしょう。
 実際に成功を収めるためには努力だけでなく、運やタイミングというようなコントロールできない要素も多分に含みます。
 そういった要素を無視し、「努力をすれば全て解決する」かのような思想は、あの人たちのような傲慢さを生み出します。
 そういった思想が浸透し続けるならば、経営者と労働者の感覚の溝が埋まる事は無いでしょう。

 ところで、先にも触れましたがここで紹介した「金持ち本」の発想は欧米系のものです。
 日本的な発想はまたちょっと違うんですね。
 日本の金持ち本の発想、それは日本的経営の基礎になっているのかもしれませんが、根っこはおそらく近江商人などの「商道」とでも言うべきものでしょう。
 「三方よし」という考え方などその典型です。
 考え方の根底には、相手を自分と同等かそれ以上の存在だと考え、自分はへりくだるというものです。
 「お客様は神様です」とか良い例ですよね。
 自分と同等どころか「神様」ですから。
 この考えで雇用を考えると「私より優秀な人が私の事を助けてくれている、ありがとう」という発想になります。
 傲慢になりようがありません。
 この考え方が徹底していたのが松下幸之助だと言われています。
 ただ、この考え方だと、業績が悪化した際に人を切れなくなり、会社全体の存続が危うくなるという危険性もあるでしょう。
 またクレーム処理も困りものですよね。
 相手は「神様」ですから。
 どちらも一長一短があるような気がしますが、こういう考え方をそれぞれ知っておくだけで物の見方がちょっと変わるのではないでしょうか。

 話は逸れますが、努力する事を否定するような文章があるのでちょっと「解毒剤」を。
 「願いは必ず叶う」という人がいます。
 それを否定する人もいます。
 どちらが正しいのかはわかりません。
 唯一つだけハッキリとしている事があります。
 「願わずに夢を叶えた人間を私は知りません」
 叶うかどうかはわかりませんが、願わない事には始まりません。
 努力が報われるかどうかは、努力してみないとわかりません。
 買わない宝くじが当たる事が無いように、何もしなければ何も出来ません。
 努力とは目的を達成するための「確率を上げる行為」です。
 努力をしても100パーセントにはなりませんが、0パーセントではなくなります。
 ですから努力は無意味ではありませんよ。
 そしてこの「上がった確率」の事を人は「希望」と呼ぶのです。

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