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 こういうお米もあるんですね。
 「幻のおいしくない米復活」というニュース
 名前は「秋田63号」で、収穫量は極めて多いが味が「極めて食用に向かない」という事で、流通していなかったんだそうです。
 低コストで安定した収穫ができる、という特徴があるそうです。
 最近の急激な穀物価格の急騰で、JA全農あきたがこの品種に目を付け試験的に作付けをしたそうです。
 この秋田63号は食用として開発されたのですが、飼料として利用しようとしているんだとか…
 こういうお米があるのなら、食用としてではなく最初から飼料用として収穫の多いお米を開発する事も出来るのではないでしょうか。
 日本の自給率の低下の中には、国内の畜産で使う飼料のほとんどが外国産である、という現実もマイナスに作用しています。
 いくら牛肉や豚肉を国内で生産した所で、そのための飼料が外国産では自給率は上がりませんから。
 ならば、飼料用で手間がかからずに収穫量の多い品種を開発し、減反を止めて飼料用の米を大量生産するのが大事なのではないでしょうか。
 また、バイオエタノールなどへの転用を考えれば、飼料用だけでなく、燃料用の米の開発というのも面白いかもしれません。
 近い将来だけを見れば、穀物の高騰もいつかは収まるでしょうし、原油高も一段落はするのでしょうが、遠い将来のことを考えれば状況はまったく異なります。
 目先の事を考えずに、少し遠くを見てみましょう。
 中国・インドの経済発展が進み原油の需要が増えるための原油高も、近い未来です。
 もっと遠くです。

 化石燃料はいつかは枯渇します。
 それが20年後か50年後かはわかりませんが、無限の資源ではないので、必ず枯渇します。

 日本では少子高齢化、人口減が問題視されていますが、世界レベルで見れば人口爆発は続いています。
 これも20年後か50年後か、もっと先かはわかりませんが、地球規模で食糧難になってくるでしょう。
 地球という惑星の耕地化可能な土地を全て耕地化し、農作物を効率よく生産しても、この星で生産できる食料で賄える人口には限界があります。
 カロリーベースで計算した場合、一人の大人が必要な食料を何キロカロリーにするかによって、この星の限界人口は変わってくるのですが、100億人程度が普通に生活できる限界ではないでしょうか?
 以前どこかのデータでそんな数字を目にした事があります。
 全人類が飢餓状態という程度ならば、この数字はもう少し大きくなりますが…

 どちらにせよ、穀物は増産できるようにしておく必要があります。
 燃料に関しては、バイオエタノールでなくとも他の代替エネルギーがあればそれでかまいませんが、食料に関してはそうも言ってられません。
 また温暖化によって、農業に適した地域が変わり始めています。
 南の方では、今までの品種のお米は作れなくなる可能性もあります。

 対策を立てる、といっても目先の問題が解決すればこういった現実も忘れがちです。
 仮に飼料用の米を開発しても、その生産が始まった頃に安い外国産飼料に流れては意味がありません。
 今するべき事は、燃料用、飼料用であたたかい気候でも作る事の出来るお米の開発と、それを維持して行くための国民の理解ではないでしょうか?
 最近では小麦粉の高騰により米粉にも注目が集まり始めていますが、この米粉も米粉に適した品種を開発する事で安く大量に生産する事が出来るようになるかもしれません。

 国内の需要とは関係なく、こういう世界規模の問題を考えるなら、減反など考えずに休耕田を活かす方法を考えるべきでしょう。
 行政は他の作物を作る転作を勧めているようですが、同じ稲作でも目的の違うお米を作るという選択肢もあるはずです。
 今回の「秋田63号」のようなケースが増えそれが成功する事を、そしてその事を多くの人が理解し支えて行くことを強く願っています。
 私達も値段だけに囚われずに、少し広い視野を持つ様に心掛ける必要がありそうですね。
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 時事通信社の記事で気になる物がありました。
 以下引用。


小学校建設費、英の11倍=ODA予算執行調査-財務省 (時事通信)
 財務省は19日の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の部会で、政府開発援助ODA)の予算執行調査結果を示した。タンザニアで実施された無償資金協力による小学校建設事業では、同国で英国が実施した同種事業に比べ、1教室当たりの費用が8-11倍掛かっていた。同省は「日本のODA建設事業は高コストになっている」と指摘している。

 ODAには、相手国に贈与する無償資金協力や、低利で貸し付ける円借款などがある。無償資金協力のうち、小学校建設などの経済開発等援助費は3割強を占めている。

 調査結果がまとまったのは、2001年度から08年度実施の建設事業。タンザニアでは、計272教室分の小学校が建設され、総事業費は約12億4000万円。1教室当たり約557万円かかったが、英国の事業では、約50万-約70万円にとどまる。「英国では非政府組織(NGO)を通じた実施などで費用を抑えている」(同省主計局)という。カメルーンでの小学校建設でも、国際機関の貸し付け事業の1.6-2.3倍だった。

 また、カンボジアの道路改修工事では、1キロメートル当たりの費用が、アジア開発銀行(ADB)の貸し付け事業の2.4倍。舗装の厚さが、ADB案件の約2倍あることが高コストの一因になっている。
[時事通信社]


 海外への援助は大切な事です。
 が、その効率がとても悪い。
 小学校を作るという同じ事をするための日本の費用はイギリスの11倍…
 確かに高コストな分だけいい物を作っているのかもしれません。
 ですが、今必要な援助は何でしょう?
 高品質なものを少数だけ援助する事でしょうか?
 それとも品質は悪いが、たくさんの量を確保する事でしょうか?
 日本人が日本と同じ感覚で現地で物を作るという事は、その国にとって本当の意味でプラスに機能しているのでしょうか。
 例えばここに1000万円あったとしましょう。
 日本人がこれを使って援助をすると100人の人が助けられます。
 同じ事をイギリス人がやると1000人助けられます。
 どちらがいいでしょうか?
 これが食料だったらもっとわかりやすいです。
 日本人は栄養失調で苦しんでいる所に「さぁステーキをお食べ」と高級料理を100人に振舞いました。
 イギリス人は安いハンバーガーを1000人の人に配りました。
 日本人は100人の人を飢餓から救いました。
 イギリス人は1000人の人を飢餓から救いました。
 どちらがいいでしょうか?
 援助をしなければ1000人の人が死にました。
 しかし日本人が援助をすれば100人の人が助かります。
 イギリス人が同じ予算でやると1000人の人が助かります。
 言い方を換えれば、日本人は助けられるはずの900人を見殺しにした事になります。
 そして日本人は言います。「予算がもっとあれば、さらにたくさんの人を救えたんだ」と。
 確かに予算がたくさんあればもっとたくさんの命を救えるでしょう。
 しかし、自分達の効率の悪さは棚上げにするのでしょうか?
 良い品質のものを提供する。これはとても大切な事です。
 が、物事には優先順位というものがあるでしょう。
 今は質より量を優先すべきです。
 この状態ならばいっその事、日本は直接援助せず、その分の予算をイギリスに送り代わりに援助活動をしてもらった方が、よっぽど効率的にたくさんの人を救えます。
 相手もそれを望むのではないでしょうか。

 海外に援助をする事は大切な事です。
 しかし、ただ援助さえしていれば良いという物でもないでしょう。
 何もやらないよりは遥かにマシですが、金額の大小が即国際貢献に繋がっているというわけでもありません。
 何よりもまず結果が大事です。
 いくらの金額を援助したか、ではなく、どれだけの人を助けられたかが大切なはずです。
 そこでは非情な選択を迫られる可能性もあります。
 助かる可能性の低いものは見捨て、助かる可能性の高い人間を優先的に援助するという事態も起きるでしょう。
 災害現場におけるトリアージのような考え方がODAにも必要かもしれません。

 何を持って「正しい」とするかは立場によって異なるでしょう。
 ですが、海外援助が「どれだけ多くの金額を振舞ったかを自慢する場」でないのならば質より量をとるべきです。
 大切なのは援助をし続けることでも援助額を増やす事でもなく、一人でも多くの人を助ける事なのですから。
 そのためには必要最低限に絞って、非情なまでに効率化を図る必要も出てくるでしょう。
 正しい事をしているのだから、どんなに無駄があってもいい、というのではただの自己満足です。
 1000万円あったら、その金額で最大限の効果を上げる方法をとらなければ、残りの人間を見殺しにしたのと同じ、というぐらいシビアに考える必要があるのではないでしょうか。

 こういう考えで行くと、いつまで経っても満足感が得られず辛い生き方になります。
 どんなに優れた結果を出しても「もっと上手にやればもっとたくさんの人が救えたはずだ」と考えてしまうはずですから。
 それはとても辛い生き方ですが、そういう生き方で無ければ本当に多くの人を救う事など出来ないでしょう。
 自己満足で行うのでなければ、人助けは茨の道です。
 それだけの覚悟を決めて行かなければ、本当の意味での社会の救済など、いつまで経っても出来ないでしょう。
 ODAの見直しと口で言うのは簡単ですが、どこにどれだけの資金を投じ、どういう仕方で効果を上げて行くのか。
 また、残酷な考え方ですが、どこの地域を見込みが薄いと判断して後回しにするのか、そんな選択も迫られるでしょう。
 ただお金をバラ撒くだけの時代は終わりました。
 そんなものは金持ちの道楽・気まぐれ・自己満足です。
 これからは少ない資金で如何に多くの人を助けられるかという視点で、ODAを考える必要があるのではないでしょうか。
 少なくとも効率の悪い援助を続ける事により、費用が増え続け援助期間が伸び続けるという事態は避けなければなりません。
 それは日本の負担が増えるという点だけではなく、貧困に喘ぐ人たちの苦しみを伸ばし増大させる事でもあるのですから。
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 前記事「政治家のオシゴト」に少々追加です。
 詳しい内容は前記事を参考にしていただくとして(長くてスイマセン)、要は政治家が本来の仕事である議会活動に専念できるように「選挙応援禁止」を法律で決めた方がいいのではないか、という提案です。
 そもそも、自分一人の力で市民に投票してもらえるだけの説得能力を持っていない人間は、政治家になるべきではないでしょう。
 また、応援に駆けつける政治家も本来別の仕事があるはずです。
 選挙応援のために日本中を飛び回るなど、職場放棄とほぼ同義でしょう。
 応援のための演説をするにしたって、やはりその演説のための準備などが必要でしょうし、そのために貴重な労力が失われるのは国家の損失です。
 そんな暇があったらもっとマシな活動が出来るはずです。
 移動や演説に労力を使い果たして、本業の議会に専念できないのでは困りますし、自分の力で当選できないような能力の人間が議会に増えるのも困り物です。
 かといって政党政治を行っている以上、応援に行ったか行かないかで党内の人間関係に影響が出るというのも問題がありそうです。
 そこで、現職の議員は他の選挙の応援に行ってはいけない、という法律を作りませんか?
 他の選挙というのは、国会議員の選挙だけでなく地方議会の選挙も含めて、国内で行われている選挙すべてです。
 法律で禁止されていれば、人間関係がもつれる事も無いでしょうし、選挙応援をネタにおかしな派閥などを作る事もできなくなります。
 全員自分の力で主権者を説得しなければならないので、当然能力も上がってくるはずです。
 また、他所の応援に行く必要が無くなるので、その分の時間と労力を本来の仕事に割り振る事が出来ます。
 それでもどうしても誰かの選挙応援に行きたいというのなら、どうぞ構いません。
 議員を辞職した上で応援をしてあげてください。
 引退した議員や、芸能人などの議員でない人の応援までは禁止はしません。
 その結果「応援演説業」なる職業が成立してもそれならそれで構いません。
 今現在も選挙プランナーなる職業があるようですから、今さら選挙にまつわる奇妙な職業が増えたところで大した問題にはならないでしょう。
 要はそういう人間を使う候補者を、投票する人間がどう思うかというだけの事ですから。
 むしろ演説が上手いだけで実力の無い議員さんにはこの「演説屋」にでも転職してもらった方が、議会はスッキリするでしょう。
 「政治家も選挙落ちたらただの人」という皮肉を言う人もいますが、こういう演説業という仕事があれば失業もしないでしょうし。まぁ、そんな人間に依頼するかどうかという疑問はありますが。
 元総理とか元議長とか元大臣なんて肩書きのある「演説屋」ならば、それだけで報酬も大きくなりそうですし、お金目当てなら議員をやるよりもいいでしょう。
 アメリカの大統領経験者が講演会などで大金を稼ぐのと似たような感じですね。
 現職議員による「選挙応援禁止法案」ができれば、派閥などの影響力も弱体化するでしょうし、結果として自由な政治を行う事に繋がるのではないでしょうか。
 最悪、この演説屋が黒幕のようになって院政まがいの状態に陥る可能性もありますが、基本的に何の権限も無い一般人なのでいざとなったら無視できます。
 「俺の指示に従わないと応援演説に行かないぞ」という言葉が、どの程度の脅しになるでしょう。
 むしろ変な脅しをかけてそれをバラされたら、自分の演説屋としてのイメージに傷が付きます。
 悪いイメージが付いたら、その人に応援されるだけで落選する可能性が増すのですから、誰もそんな人には依頼をしないでしょう。
 政治に風穴を開け、同時に議員の向上心を呼び覚ますような方法になると思うのですが、いかがでしょうか?
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政治家のオシゴト

 久しぶりに杉村太蔵議員がニュースになっていました
 この記事によると杉村議員は「北は稚内から南は宮古島まで、ほとんどの選挙応援に行っている」そうです。
 そして全国から1800人以上の新規党員を獲得し、党費660万2000円を自民党に持参。
 党への貢献をアピールしたそうです。
 これに対して自民党の古賀誠選対委員長も「『自分がこれだけやった』というのに一番分かりやすい形」「たくさん集めてびっくりし、感心した」と評価。
 杉村議員は北海道からの出馬を強行すると言っていますが、自民党の道連では別の人を擁立する事が決定しています。
 この事から報道陣から「反党行為では?」と訊かれ前述の選挙応援を引き合いに出して「反党行為ですか?」と反論。

 え~と、どこからツッコミを入れるべきでしょうか?
 冷静に考えてみましょう。
 皆さんは投票する際に、その候補者に何を望んで投票するのでしょうか?
 人それぞれだとは思うのですが、上の記述を見てどう思いますか?
 少なくとも私は候補者に対して「他の選挙区の候補者の応援に行ってもらうため」に投票した事は一度もありません。
 杉村議員の場合は比例区での当選のため、純粋に彼に投票した方がどの程度いたのかは不明ですが、彼に投票した方は彼に政治を行って欲しくて投票したのであって、選挙応援に行って欲しくて投票したわけではないでしょう。
 彼が言う稚内から宮古島までの選挙応援は、自民党からすればなかなか立派な行為でしょう。
 しかし、投票をした主権者から見れば「お前、そんな暇があったら国会で議論をしろよ」と言いたくなるのではないでしょうか?
 それなのに、この行動を受けて評価してしまう自民党の体質。
 彼の選挙応援が国会の会期中かどうかは知りませんが、議会が無くても政治家としてやるべき事はたくさんあるでしょう。
 それなのに、そういった事を考慮もせずに手放しで評価。
 どこを向いて仕事をしているのでしょうか。
 さらに一連のこれらの出来事に対して「反党行為では?」という質問をしてしまうマスコミ。
 政治記者ならば当然の質問なのかもしれませんが、ここで質問すべきは「あなたの行動をあなたに投票した人はどう感じると思いますか?」ではないだろうか?
 マスコミも政治という内輪の世界に入ってしまい、マトモに機能していないのかもしれない。
 彼の行為が反党行為かどうかはともかく、反有権者的行為である可能性は十分高い。
 投票をした人は彼に選挙応援をして欲しいのではなく国会で議論をして欲しいはずだし、議会が無い時も国会で活躍するために必要な勉強をしたり、社会問題の現実をするために現場に足を運んでもらうなどを期待しているはずだ。
 そのために税を払っていると言ってもいい。
 それなのに彼は選挙応援を一生懸命やっている。
 しかも自民党はそれを認めている。
 つまり自民党にとっての政治家の仕事の中には「他所の選挙区での選挙応援」という物が含まれている、という事になるだろう。
 こうなると杉村議員個人の問題ではない。
 自民党にとって政治とは何なのだろう?
 イス取りゲームか?
 民主主義においては数は絶対的な力である。
 そのため自分達の理想を実現させるためには議席が必要であり、そのためには他所の選挙区に行って応援をするのも立派な仕事、という考え方もあるだろう。
 しかし、である。
 稚内から宮古島まで選挙応援に行っていたのでは、本業のはずの議会活動に支障が出るのではないだろうか?
 移動は結構疲れるものだ。
 まして長距離ならなおさら。
 自民党全体が一生懸命数を抑えるために全員で熱心に選挙応援に行っている結果、疲れてしまって議会で寝ているのかもしれない。
 そう、議会とは休息の場なのだ。
 それもこれも議会で過半数を抑え、理想の社会を作るためなのだ。
 そのためなら議会活動がおろそかになっても仕方が無いのだ。
 …ということなのでしょうか?
 理想の社会を作るために応援に行き、その結果議会活動がおろそかになる可能性が出ていては本末転倒ではないだろうか。
 そもそも自民党が目指している理想的な社会って、一体どんな物なのでしょうか?
 私は今まで生きてきてそういう話を一度も聞いた事が無いのですが、誰か自民党がどんな社会を作ろうとしているのか知っている人はいますか?
 日本は官僚支配が続いていて、政治家がリーダーシップを発揮できないと聞きますが、これだけ選挙応援が忙しく勉強する暇も無いのではいつまで経っても政治主導などできるはずがありません。
 どんなに優秀な人でも時間が無ければ力を発揮できるわけが無い。
 投票する人も、誰が応援に来たかで投票するようではダメでしょう。
 本来ならその人物個人の実力を判断して投票するべきです。
 中には党の主張が気に入っているから、と投票する人もいるでしょうが、それならそれでやはり応援など必要無いのではないでしょうか。
 党の主義が気に入っているなら選挙活動などしなくてもその党に投票するでしょうし。
 政策を訴えるつもりならばやはり候補者本人が行うべきで、党本部からの応援などを期待するのもおかしな話です。
 その候補者はその党から立候補する以上、当然党の政策を全て理解していなければおかしいですし、その程度の事もできていないような人間に政治をされても困ります。
 候補者によっては弁が立たないなどの理由を挙げる人もいるでしょうが、そもそも政治家は議論をするのが仕事であって弁が立たないような人物は政治家になるべきではないでしょう。
 一体何のために応援をするのでしょう。
 政治家として社会を背負って未来を作っていくのならば、自分の言葉で自分の理念を説明し、他人を説得していくのは当然です。
 それを応援と称して他人に頼るようでは、政治家としての資質に欠けるとしか言いようがありません。
 政治家として社会を背負っていくのですから、なぜ立候補したのか、どんな社会にしたいのか、なぜその党から立候補したのか、党はどんな政策を取るつもりなのか、を自分の口で説明するのは当然でしょう。
 そう考えると「応援」という行為がいかに愚かであるかという事がわかるというものです。

 今さらながら不思議なのは自民党の中には派閥があり、それぞれの主義主張が異なっているという事です。
 本来考え方が違うのならば同じ党にいる方がおかしい。
 それなのに一緒にいる。
 結果、党としての理想像がまるで分からない。
 党としての理想像が無ければ理念もあるはずが無く、理念が無ければその党から立候補する理由というのも疑わしい物になる。
 党にいる理由も怪しければ理念も無い。
 そんな状態では説得力のある言葉など生まれない。

 逆に考えよう。
 仮に、あくまでも「仮に」の話だ。
 ここに、ものすごく無能なくせに権力が欲しくて欲しくて仕方がない人間のクズがいるとしよう。
 仮に、なのでクズの頭文字をとってK氏としよう。
 このK氏が権力が欲しくて、そのために政治家になる事を志したとする。
 当然無能な上に権力が欲しいだけなので理念や理想などありはしない。
 理念も理想も無ければ、説得力も無く言葉に力も無く当選など出来るわけが無い。
 でも当選したい。
 どうするべきか?
 よし、人の力を借りよう。
 そこで政治家や有名人に「応援」に来てもらう事にした。
 どうやって応援に来てもらうか、という点には解決すべき問題があるが、例えばおを払ってバイト代わりに来てもらうとか人脈を頼るとか、相手が政治家の場合は「当選したらあなたの派閥に入ります」と約束するとかで上手く行ったとしよう。特に政治家相手なら数がモノを言うので派閥が大きくなるためならどんなに無能でも欲しいところだろう。
 さて、応援に来てもらった。
 本人が理念も何もあったものじゃないのでどうやって応援すべきか迷うだろうが、まぁ「この人は高潔な人物です」とか言ってもらえばいいだろう。
 政策などに関してはその時の所属政党の公約をそのまま「壊れた蓄音機」のように繰り返していればいいだろう。
 言葉に力が欲しい時は「派閥に入る」と約束した相手の政治家にでも演説を頼めばいい。
 派閥の領袖やその側近となっているような人なら、聴衆を沸かすパフォーマンスぐらいは出来るはずだ。
 また、そういう人ならそれなりに知名度もあるだろうから、応援に来てくれた際の影響力は絶大だろう。
 そういうことを繰り返していれば、つまり熱心に応援してもらえば当選する事も可能だろう。
 一つ書き忘れた。
 条件を一つ足そう。
 これらを行うためにはそれをやってくれる政党が必要で、そういう党を選ばなければならない。
 その党の条件とは、理念や理想が無く、派閥があっていつも数を頼りにしているような政党でなければならない。
 もちろん権力が欲しいなら弱小政党ではダメだ。
 できれば似たような金と権力に汚そうな人が大勢いそうなところがいい。
 そんな政党でも探せばきっと見つかるだろう。
 さて、まかり間違って当選してしまったとする。
 当選したらどうなるか。
 権力と金は手に入る。
 しかし、それを維持しなければならない。
 元々理念や理想など無いのだから、議会活動などできるわけも無い。
 そこで国の運営には頭のいい官僚に頑張ってもらおう。
 それでも議員活動はしなければならないし、そもそもいい加減な事をして次に落選しては困る。
 また、権力と金が欲しいなら、議会での議席の数が必要だ。
 常に多数派にいなければならない。
 難しい議会活動は秘書と官僚に任せるとして、要は数さえ抑えておけば地位は安泰なのだ。
 ではその数を抑えるにはどうすればいいだろうか?
 そうだ、仲間を増やそう。
 でも他所の党の人に「お友達になりませんか?」と言ったところで仲間になってくれるわけがない。
 どうしようか。
 そうだ。
 まだ議員になっていない人や今選挙をしている人の応援に行って恩を売っておこう。
 そうすれば仲間になってくれるはずだ。
 もちろん誰でもいいわけじゃない。
 恩を売る以上は自分の次の選挙で力になってくれそうな人か、仲間になってくれそうな人に限る。
 でも、当選してくれなければ意味がないし、誰がいつどこで力になってくれるかはわからない。
 こうなったら、誰でもいいから片っ端から応援に行こう。
 地方議会の選挙でも、応援に行ったら自分の選挙の際に力になってくれるかもしれない。
 自分の選挙区と関係のない地方議会でも、そこの選挙区の国会議員と親密になれるかもしれないし、その地方議員に恩を売ることで、間接的にそこの国会議員に助けてもらえるかもしれない。
 どうせ、議会の仕事なんかよくわからないのだ。
 スケジュール目一杯応援に行こう。
 演説は上手く行かないかもしれないけど、公約を連呼していれば大丈夫だ。
 それにこっちは現職の議員だ。
 議員先生が来た、というだけで多くの人間はスゴイと思うだろう。
 実は全然スゴくなくても、要はそういう風に錯覚さえさせればいいのだ。
 いざとなったら当選と同時に入った派閥の人にも手伝ってもらおう。
 例えコイツが落ちても、俺が落ちるわけじゃないし、応援したという事実があれば恩を売った事には変わりがない。
 もちろん当選したら同じ派閥に入ってもらう。
 数は力だ。
 他の選挙区に応援に行く時も付き合ってもらおう。
 無能で無名でも議員が束になって行けば何となく箔が付いてスゴそうに見えるはずだ。
 こうしてK氏は順調に仲間を増やし、自分の選挙の際には恩を売った人たちに手伝ってもらい、そのお返しに相手の選挙の際には応援に行く事にした。
 移動で疲労は溜まるけれど議会中は寝てればOK。
 どうせ起きていたって無能だから何もできないし、関係がないのだ。
 議会で知り合いにあったら世間話ぐらいはしないとな。
 議会は別に私語禁止ではないのでおしゃべりはし放題だ。
 他所の党が何かを言ってきたって気にすることはない。
 数で勝っていれば相手が何を言っても無駄なのだから。

 こうしてK氏は無事権力の座を手にして、それを長く維持する事に成功した。

 現実はこんな風にはならない「はず」だが、可能性としては無くは無い。
 少なくとも投票する有権者の判断能力が低ければ、十分成立してしまう出来事だ。
 このような出来事が現実に起きていない事を、そして今後も起きない事を期待したい。
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労役場留置増加

 ちょっと気になる記事を見つけました。
 ・労役場留置:10年で2.8倍に 06年度7376件、モラル崩壊顕著に
 ・労役場、強制収容 26歳、罰金払わず60日間
 どちらも毎日新聞より引用。

 詳しい記事の内容は上記のサイトを見ていただくとして、大雑把に要点をまとめると、ここ10年間で労役場留置の件数が増えているという事です。
 労役場というのは簡単に言うと罰金刑を払わない人に対する懲役とでも言いましょうか、要するに「罰金を払わないなら働いて返せ」という場所です。
 交通違反などの罰金を払わないと、ここに強制収容させられて日当5000円換算で罰金分を働いて返し終えるまで出られません。(罰金を払えば出られます)
 昔は多くの人が罰金を払っていたのですが、最近は払わない人が増えたので収監される件数が増えたという話題です。
 払わない原因としては法改正による罰金の高額化で払いたくても払えないか、最初から踏み倒す気で払う気が無いか、のどちらかのようです。
 払いたくても払えないのならばともかく、踏み倒すつもりというケースが多いのならばモラルの崩壊という言葉を使ってもおかしくはないでしょう。
 でも、ちょっと引っかかるのです。
 罰金刑という軽微な犯罪とはいえ、犯罪犯罪です。
 それに対して「金さえ払えばいいんだろ!」というスタンスはそれ自体がモラル崩壊ではないでしょうか。
 今まで多くの人がこの「金さえ払えばいいんだろ」という考えの下、罰金を払っていたのではないでしょうか。
 本来ならば罪を犯した事に対する反省があってしかるべきです。
 とするならば安易に罰金を払う人よりもこういう所で働いて返した方が、反省を促す効果は高いのではないでしょうか。
 事実、上記の記事でも触れていますが、自ら進んで罰金ではなく労役で返そうという選択をしている人もいるそうです。
 これはむしろモラルの回復と見るべきではないでしょうか。
 踏み倒しは論外ですが、何でも金で解決しようという考えが前提の罰金刑が必ずしも軽犯罪抑止の役に立つとは思えません。
 どちらかといえば金持ちの暴走を招きかねないのではないでしょうか。
 国が罰金という収入が欲しくて「反省などせずどんどん違反して捕まって、たくさん罰金を納めてください」という方針ならば現状のままでも良いとは思いますが、もし本気で「二度と罪を犯すな、反省しろ」という方針ならば、罰金刑は極力避けて労役をもっと重視するべきではないでしょうか。
 もちろん長期に渡って拘留されれば仕事や学業に悪影響が出てしまいます。
 そこでこの労役を分割したらどうでしょう。
 「土・日・祝日限定労役」です。
 具体的に言えば、交通違反などを犯し罰金刑になったら、金曜の夜に労役場へ行き日曜の夜まで2泊3日で収監されるのです。
 もちろん一度きりではありません。
 罰金額が全額終わるまで毎週毎週続けるのです。
 正月やGW、お盆などまとまった休日があればそれもすべて労役に充てます。
 そうやって自分で普段とは違う環境に行き、自ら労役を行う事で反省を促せば再発防止の効果が高まるのではないでしょうか。
 毎週毎週収監されるたびに自分を見つめる機会になり、休日を失うという苦痛も伴うのですから効果はあると思います。
 もっとも2泊3日でいったん外に出られるのでは、刑務所のような反省効果は得られないかもしれませんが。
 それでも仕事など日常に影響を出す事を極力抑えつつ、反省を促すという面では効果が期待できそうです。
 実際にやろうとすれと労役場が休日のみ混雑し、実現は不可能かもしれませんが。
 そういう場合は近所の警察署の拘置所で同様の労役を課すとか、他のアイデアもありそうです。

 労役場留置の件数が増加した点だけを見て、安易に「モラル崩壊だ」と叫ぶのではなく、そもそも罰金刑自体が拝金主義的なモラル崩壊を招いている可能性も考慮に入れるべきではないでしょうか。
 記事中の若者の「例えば30万円の罰金では普通の人なら払えてしまうが、恨みや悔しさが残るだけ。繰り返し違反している人は、1度入るべきだ」という言葉はモラルの高さを証明しているのではないでしょうか。
 罪と罰、反省と再発防止、そんな事を考えさせられる記事ではないでしょうか。
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 ちょっと気になる記事を見つけました。


ウソだろ!?ガソリン1リットル=300円時代が追っている (ゲンダイネット)
 ついに1リットル=300円に突入か――。連休中の6日、ニューヨーク・マーカンタイル取引所の原油先物相場で、米国産標準油種(WTI)の6月渡しが一時、1バレル=122.73ドルまで上昇し、史上最高値となった。気になるのは、今後のガソリン価格だ。1リットル=160円前後でも、庶民は青息吐息だが、それが倍になる恐れがあるのだ。

原油価格は年初に初めて1バレル=100ドルを突破し、わずか4カ月余りで約2割も上昇した。昨年初めの1バレル=約50ドルの約2.4倍です。ガソリン価格は、原油調達コストを数カ月後の卸値に反映させ、そこへ人件費などの諸経費を加え、小売価格を決めるのが一般的。昨年初めのガソリン価格が1リットル=115~120円だったことや、1バレル=200ドルに到達するという予測などを考えると、単純試算で数カ月後には300円台にハネ上がっても不思議ではない」(石油業界関係者)

 中古車買い取り業者の調査だと、自動車を所有できるガソリン価格の上限は「160円以下」が全体の約半数だった。大半がマイカーを手放すしかなくなる時代がすぐそこに来ている。

【2008年5月7日掲載記事】 引用元 ゲンダイネット


 さすがに300円にはならないとは思うのですが、もしそんな事になったら日本経済は完全に破綻するのではないでしょうか?
 単純に考えてもガソリン高=輸送コストの上昇=物価の上昇なのでありとあらゆる物の値段が上がります。
 ただでさえ不景気、収入減、ゼロ金利でお金が無いのに、この上これ以上の物価高になったら「しょうがない」ではすまない水準に達します。
 真っ先にあおりを食うのが低所得者層。
 年金生活者や生活保護世帯などは生命の危機と言うべき状態になってしまうかもしれません。
 とは言ってもこの原油高は国がどうにかして解決できるような物でもないでしょう。
 国にできる事と言ったらそれこそガソリンにかかる税金の撤廃ぐらいでしょうし…
 暫定的にでもいいからガソリンにかかる全税金を無くせば50円ぐらいは下がるはずです。
 こういう時にこそ「政治的決断を」と言って欲しいのですが。

 この原油高、中長期的な問題としては中国・インドの経済発展に伴うガソリン需要の急増があります。
 これはもう止められそうにありません。
 中国とインドに経済発展を止めてくれとは言えませんし、この両国の経済発展が現在の世界経済の成長に大きくプラスとなっている以上、止まったら止まったで大変な事になります。
 短期的な理由はサブプライムローン問題で金融市場から逃げ出した資金が投機的に流れ込んでいるという説。
 こちらもどう対処していいのかわからない所ですが、冷静に考えるとこれはこれで相当に怖い。
 というのも投機的な面で見れば現在の原油高はバブルのような状態のはずです。
 当たり前の事ですが投機という事は「今この値段で買っても誰かがもっと高く買ってくれるはず」という考えで取引が成り立っているわけです。
 しかし、普通に考えればいつかは買い手がいなくなる。
 そうなればバブル崩壊、大暴落です。
 原油価格が大暴落を起こせば、当然ガソリンなどは元の価格に近い所までは戻るでしょうが(前述のように中国・インドがある以上、長期的に上昇していくのは避けられないでしょう)もし大暴落をすれば、またサブプライムローンの時のような金融不安が起きる可能性があります。
 日本の機関投資家がこの原油高のバブルに参加していないとも限りません。
 もし参加していて大暴落をしたら…
 機関投資家というと銀行とか証券会社とか保険会社とか年金や保険の組合などでしょう。
 その辺りが大損害を出したら、間接的に一般人が被害を受けるのではないでしょうか。
 何かものすごく嫌な予感がします。
 さらに大暴落をしても目ざとい海外の投資資金は概ね売り逃げてしまうでしょう。
 その逃げた資金は次にどこへ向かうのか。
 どこへ向かうかはわかりませんが、現状を考えれば穀物の市場に流れ込む可能性もありますよね。
 そうするとどうなるか。
 当然穀物の値段が原油のように高騰します。
 今現在も穀物市場は値上がりを続けているはずです。
 ガソリンの高騰による代替品および温暖化防止のためのバイオエタノールの生産のためです。

 バイオエタノール、評判悪くなりましたね。
 本来ならバイオエタノールには「食用に適さない植物」を使うべきなのですが、何を血迷ったか食料をそのまま燃料に回したので世界中がおかしな事になっています。
 しかも食料用の畑をバイオエタノール用の植物の畑に換えているのだから始末に終えません。
 バイオエタノールが温暖化防止に役立つと言われていた頃には、脱穀した後の藁とか絞った後のサトウキビの茎といった農業で出てくる産業廃棄物やビート(砂糖大根)などを主原料にするはずだったのですが…なぜ大豆やトウモロコシでバイオエタノールを作る事になってしまったのでしょう?

 原油バブルが弾ければガソリン価格も下がり、バイオエタノールの需要も若干は減るでしょう。
 そうすれば穀物市場も値段が下がるはずですが、投機資金が穀物市場に流れ込んだらそれ以上に価格が高騰する可能性も十分にあります。
 穀物の値段が上がるという事は、ほとんど全ての食品の高騰を意味しています。
 日本の場合、米は自給率100パーセントなのでどうにかなるでしょうが、肉類は飼料の価格が高騰するので当然値段が上がります。
 畜産系は全部上がるはずですよね。
 牛乳・バター・チーズ等など。
 大豆が上がれば味噌・醤油も値上がりします。
 食用油も上がるのかな?
 米と魚と野菜以外は全部上がると思っていて間違いはないのではないでしょうか。
 魚と野菜は大丈夫なはずですよね…自給率が高い物に関しては。
 魚は他国が食糧危機のために漁獲量を増やしたら、需要と供給のバランスが崩れて値上がりするかもしれないし、野菜も輸入品に関しては値上がりする可能性が残っているか…
 日本国内は値上げで大変、で済むかもしれませんが、世界的には餓死の増加・貧困の悪化から政情不安→戦争や内戦という事態になるかもしれません。
 そうなると日本が食料を輸入している国にも何がしかの影響がでて、その結果日本も食糧難になるかもしれない。
 明るい展望が見えてこない。
 当面はガソリンの価格が悩みの種ですが、その後も投機資金の行き先に応じて混乱は続きそうです。
 いっその事、鎖国した方がいいかもしれない…
 それはそれで大変ですが。(現状の自給率では餓死者続出です)
 政府は何かアイデアを持っているのでしょうか?
 日本一国のアイデアでどうにかなる問題だとも思えませんが。
 アイデアは無くても、現状認識ぐらいはしていますよ…ねぇ?
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ガソリン値上げ!

 予定通りというか…ガソリンの値上げが決まってしまいました。
 先の選挙の結果無視、民意無視、国民の生活無視、経済の混乱も無視。
 なかなか立派な議決権の乱用っぷりであります。
 先日「人事権の乱用ですよ」と訴えていた人物と同じ人間とは思えません。
 やっぱり自民だな…という印象です。

 さて、自民党の言うように税収が無くなって困るのはわかるのですが、それがなぜ手放しでの税率復活になるのでしょう?
 よく考えてみましょう。
 以前にも書いたのですが、この暫定税率が導入された頃と現在とでは状況が違います。
 かつては何も無かったも同然だったわけですが、現在は道路はずいぶん完成してきています。
 また、総理自ら無駄遣いは止めるとも言いました。
 この二つの事実を考えれば、当然以前と同じ条件で復活という事にはならないではずでしょう。
 少なくとも無駄遣いを止める分と今まで作ってきた分の費用はもう必要ないはずなのですから、例えば25.1円ではなく20円ぐらいにするとか、そういう決断になるはずです
 せめて無駄遣いを止める分、1円とか2円とか下げて復活させるのが誠意というものではないでしょうか?
 無駄遣いということは、その分の費用が無くてもやってこれたという事なのですから、無駄遣い分の費用は予算からそのまま削減しても何の問題も無いはずです。
 また、12日に暫定税率の維持機関を10年にする法案をこれまた議決権を乱用して決定するつもりのようですが、この期間の設定も根拠が不明です。
 もし10年かからずに、例えば8年目ぐらいで完成してしまったら残りの1年分の税金はどうするつもりなのでしょう?
 もしかして余らない様に無駄遣いをして、ちょうど10年目で完成するように調整をするつもりでしょうか?
 そもそも10年で完成する物なのでしょうか?
 普通事業計画を立てるならば予算と規模と期間を先に決めておくはずです。
 まず、日本中に必要な道路がどれだけあるのか。どこになぜ道路が必要なのか、というリストアップ。
 次にそれをどれだけの工期で完成させる予定なのか。
 最後に、それらの条件から計算していくらの税金が必要なのか。
 これらを計算した上で税率をいくらにして何年で払うかという事が決まってくるはずです。
 それをやらない。
 これではどんぶり勘定そのものです。
 まるで金額の記入されていない借用書にサインをするようなものです。
 詐欺ですよ、詐欺。
 上記の条件がわからなければ、国民はいつ完成するかもわからないもののために、未来永劫税金を払い続ける事になります。
 事業計画がわからないのであれば、どんな不正や無駄遣いをしていたってそれを調べようがありません。
 むしろ総理の言う「無駄遣いを無くす」ためには事業計画を綿密に組み上げ、1円でも足りなかったら完成しないというような状況にしておかないと、いくらでも無駄遣いが出来てしまうでしょう。
 計画をギリギリのラインで組んでおけば、資金が足りなくなった時に「なぜだ?」という疑問が湧き、そこから不正などの調査も始める事が出来るでしょう。
 もし万が一不測の事態が起きて、例えば大地震が起きて建造中の橋脚が壊れた、と言うのならその旨をきちんと示して修正予算を組めば良いだけの話です。
 それが一番無駄が無くて効率的です。
 誰も不正やごまかしができなければ、国民の負担も減り、不当な工期の引き伸ばしも無く、道路が早く完成し国民の利益にも適うでしょう。
 なぜそうしないのでしょう?
 やっぱり悪い事がしたいから?
 それとも、それが出来ないほど無能?
 もう一度繰り返しますが、そもそも「25.1円を10年」という数字の根拠は何なのでしょう?
 なぜ25.1円なのでしょう?
 10円でも30円でもキリの良い20円や25円でもなく25.1円。
 この根拠がわからない。
 10年という期間もわからない。
 もっとかかるかもしれないし、その半分で済むかも知れないのに、なぜか10年。
 「とりあえず10年ぐらいでいいんじゃね?」と安易に決めたとしか思えないような数字。
 税率が25.1円という何とも中途半端な数字なのだから、期間の方も11年と3ヶ月とかそういう数字になっても良さそうなものだが…
 全くもって意味不明。
 この辺りの説明責任も果たして欲しいものです。
 おそらく根拠など無いのでしょうが…

 ここで視点を変えましょう。
 民主党は何をやっているのでしょう?
 もちろんそれなりにがんばってはいるのでしょうが、衆議院で3分の2を抑えられている以上どうにもならない。
 それはわかっています。
 でも、あまりにも不甲斐ない。
 これで12日にも再可決されて「自民党は酷いです」と叫んでオシマイ。
 後はもう知らんぷり、なのでしょう。
 そっちの方が国民からすれば酷い話です。
 野党が野党の働きをしていない。
 政権を取ると言いながら具体的には動かない。
 本来ならば次の一手を考えるべきです。
 自民党に「政権担当能力が無い」と言われたのならそれを示す時でしょう。
 具体的に言いましょう。
 先ほど書いた「必要な道路のリストアップ・工期・予算」を具体的に出す事です。
 そしてそこから「いくらの税率で何年間で完成させる」という国民負担のプランを提示して、それをマニフェストに組み込むことです。
 それが正しい選挙方法だと思いませんか?
 具体的に根拠を示して「民主党が政権を取ったらガソリン税がいくらになって、道路がいつまでに完成して、その後ガソリン税がどこまで下がるのか」を公表する。
 それこそが公約を掲げる民主主義選挙のあるべき姿ではないでしょうか?
 そこまでハッキリと示してくれればだれも政権担当能力が無い、とは言わないでしょう。
 むしろキチンと任せられる政党だ、という信頼感が得られるはずです。
 選挙とは選挙期間中にだけ行う物ではないのです。
 日々の政治活動がそのまま次の選挙への布石となるのです。
 そんな事すらわからないで「政権を取る」と言う。
 無理です。
 任せられません。
 ましてや党首の小沢氏が「官僚を敵に回したら我々が政権を取った時に行政の運用が難しくなる」などと発言しているようでは問題外です。
 いいですか?
 官僚の言いなりになって行政の運用が楽になる方がいい、などと考えているようでは自民党と替わりません。
 それでは政権交代の意味が無いんです。
 なぜ政権交代がしたいのか、それは自民党が与党である限り官僚支配が終わらないからです。
 そのままだとこの国が変わらないからです。
 目的は日本という国をより良い国にする事です。
 そのために官僚支配から脱却しようとしているのです。
 だから政治主導という言葉を使っているのです。
 政権交代は国を良くするための手段であって目的ではありません。
 政権交代だけして後は官僚任せ、では自民党のままでも同じです。
 何を考えているのでしょう、この党の幹部は。
 官僚を敵に回すような政党に政権を取って欲しいと望んでいるのに、それが全くわかっていない。
 野党の資格がありません。
 手段と目的が混乱しているようでは政権など任せられません。

 民主党が今やるべき事は政権を取ったらどんな国にするのかを具体的に示す事です。
 民主党はずいぶん前から「次の内閣」とか何とか言って、党内に各大臣候補を選んでいたはずです。
 その大臣候補達に陣頭指揮を執らせて、各分野の具体的な政策を作り上げればいいのです。
 今回の暫定税率の問題なら民主党の「国土交通大臣候補」が「必要な道路のリストアップ・工期・予算・その税負担の税率と期間」を決めてしまえばいいのです。
 わざわざ次の大臣と名乗るぐらいなのだから当然適材適所の人材のはず。
 それくらいは出来なければなりません。
 やる、と言ったって実際の仕事は現地を回る事ではありません。
 民主党だって全国に地方議員や組織があるのですから、それらの情報網を駆使してどこにどれだけの道路が必要なのかをリストアップし、後はそれを元に土木・建設関係に詳しい人間に見積もりを出させてそれを足していけば良いだけです。
 それぐらいの能力と人脈が無ければこの国を良くする事など出来ません。
 他の諸問題も同様です。
 年金だろうが自給率だろうが外交だろうが、全ての問題に対して「民主党はこうやります」と具体案を根拠と方法を示していくべきでしょう。
 そうでなければ真の政権交代にはなりません。
 今、民主党がするべき事はこういう事のはずです。
 決して愚痴を言ったり泣き言を言ったりする事ではありません。
 民主党が政権を取っても、一度決まってしまった暫定税率法案を撤回して廃止する事が出来るのかはわかりませんが、それが出来るかどうかも国民に伝えていくべきでしょう。
 その上で「我々に任せてください!」と声を上げるのがスジです。
 それが出来ていないからいつまで経っても「お坊ちゃん政党」なのです。
 そろそろ本気になって欲しいところです。
 それが出来ないのならいっそ解党すべきでしょう。
 そうすれば新しく力のあるグループが出てくるかもしれないのですから。
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 しんくにゃ。さんのブログに載っていた記事です。
 しんくにゃ。さんもどこかから転載したようです。
 内容の真偽がわからないので何とも言えないのですが、これが事実だとすると大きな問題だと思うので載せておきます。
 個人的には現時点でのチベット独立は中国の崩壊の引き金を引きかねず、その結果世界中が大混乱を起こす可能性もあるので慎重であるべきだとは思うのですが、同時に中国政府の対応にも大きな疑問があります。
 ただ、私がここで問題だと思うのはチベット側でも中国側でもなく、このような対応をした日本の政府およびマスコミです。
 日本の政府とマスコミに対する抗議としてここに転載をしておきます。
 なおこの記事は、どんどん転載して欲しいもののようですので、この記事に何がしかの思いを抱いた方は転載しても構わないようです。
 では以下、転載記事です。



アリ@freetibetさんの日記

聖火リレー、行ってきました。
まず皆さんにお願い。
この日記を転載、リンクして頂いてかまいません。
動画3つまでしか載せれないため、
動画ありと書かれたものは僕のメインページの動画にあります。

4/26日を振り返ります。

早朝、善光寺へ向かった。
Mちん、Tさん、F君、Yちゃんと5人で。

町には何台もの大型バスが乗り入れ、中国人が降りてくる。
僕らがそれぞれ旗を作り、プラカードを作り、前日からカラオケボックスで寝ていたのに対し、
彼らは中国大使館から支給された巨大な旗と、チャーターバスで堂々登場した。

善光寺参拝が終わり、街中へ。
とりあえず聖火リレー出発地点へ向かった。
ここで日本とは思えない景色を目にした。

出発地点に、中国の旗を持った人は入場できるが、チベットの旗を持った人は入れない。
警察の言い分。
「危険だから」
じゃあ、何で中国人はいいんだ?
「......ご協力お願いします。」

は?
それやらせじゃん。
中国国旗しかない沿道って、警察が作ってるんじゃん。

その時の抗議の様子

この後TBSの取材が来た。
チベットサポーターの1人が、
「日中記者交換協定があるから映せないのか?」とアナウンサーに聞いた。
アナウンサーは「は?勝手に叫んでれば?」
と吐き捨てて消えた。

街中に行くとどこに行ってもFREETIBETと叫んでいる。
そこに中国人が押し寄せ、罵声を浴びせてくる。


交差点で中国人と僕らが入り乱れた。
突然Mちゃんが顔面を殴られた。
僕は殴った中国人のババアを捕まえて、目の前の警察に言った。
「こいつ殴ったぞ!!」
警察は何もしなかった。

ババアが俺の手を噛んだ。手から血が出た。
警察と目が合った。
警察は何もしなかった。

ババアが僕の顔面を殴ってきた。
周りのチベットーサポーターが、
「おい、警察、現行犯だろ、捕まえろよ!!!!」
と言ったのに、
警察は何もしなかった。

これが抗議活動中じゃなかったら、普通にブチ切れて乱闘になってる。
でも非暴力を貫く為、ひたすら耐えた。

Mちゃんが1日かけて一生懸命書いたプラカードを、
中国人が叩き落とした。
拾おうとするMちゃん。踏みつける中国人。
「おい、てめー何やってんだよ!」と制止に入った。
2mくらいの距離に警察がいたが、何もしなかった。


街中いたるところで抗議合戦。
救急車が来たり大騒ぎ。
僕らはひたすら抗議活動をした。
(動画あり)

雨が降ってきた。
それでも誰も抗議を辞めなかった。
中国人がかたまってる交差点を、
Tさんと旗を振りながら渡った。
沿道の中国人は蹴りを入れてくる。
とても沿道に入れず、車道を歩いていた。
警察が来て言った。
「早く沿道に入りなさい!!」
は?今入ったらボコられるじゃん。
なんで日本人の安全を守ってくれないの?
「じゃあ、あいつらに蹴りいれるの辞めさせろよ!!」と僕は叫んだ。
警察は「ご協力お願いします」と言った。


雨の中、聖火リレーのゴール地点へ向かった。
何故か中国人とチベットサポーターに分けられた。
警察は、「後で聖火の方に誘導するから。」と言った。
嘘だった。
ゴールの公園の外の何も無いスペースにチベットサポーターは閉じ込められた。
聖火なんか、どこにもなかった。
目の前には警察が何十人も取り囲んでいた。
こんな場所じゃ、声すら届かない。
数百人のチベットサポーターは、泣きながら警察に向かって叫ぶだけだった。
国境無き記者団もこちら側に来させられていた。
代表がマスコミのインタビューに答えていた。
(裏から撮影した動画あり)

聖火リレーがいつ終わったのかも分からないまま、
土砂降りの中僕らは叫び続けた。
この声を、伝えることすら出来ないのかと思ったら涙が溢れてきた。
MちゃんもF君も泣いていた。
こんなのってあんまりだ。
せめて伝えて欲しいだけなのに。
この叫びを聞いていたのは目の前に並んだ警察だけだった。



チベット人の代表が弾圧の現状を訴えた。
涙が止まらなかった。
内モンゴルの代表が弾圧の現状を訴えた。
涙がとまらなかった。

伝えたい。ただ伝えたいだけなのに、国家権力によって封殺された。
悔しい。悔しい。

日本は最低な国だ。
平和だ、人権だと騒ぐ割には、
中国の圧力に負けて平気でこういう事をする。
警察を使って。

帰りに携帯でニュースを見た。
「聖火リレーは無事終了。沿道は大歓迎ムード。」
「聖火リレーで日本人5人逮捕。中国人留学生に怪我。」

僕は愕然とした。
この国のマスコミは終わったと感じた。

あの怒号は、
僕らが受けた痛みは、
彼らの悲痛な叫びは、
どこに反映されたのだろう。


警察によって意図的に中国人のみの沿道を作り、
そこをマスコミは撮影し、
中国人の暴力を黙認して、日本人を逮捕する。
これが日本のやることか?
ここは本当に日本なのか?
中国の旗を持たないと歩けない沿道って何なんだ?

この国は最低な国です。
チベット人は泣きながらありがとうと言っていたけれど、
僕は彼らに謝りたかった。
初めて日本人であることを恥じた。

帰り道、僕らは泣いた。


これが真実です。
僕は日本政府は中国以下だと思った。
弾圧にNOを言えずに、言いなりになって彼らの叫びを封殺したこの国は、もう民主主義国家ではない。

4/26日長野。
そこには言論の自由はなかった。
歩行の自由すらなかった。
中国人を除いて。


追記:どなた様も、転載の許可必要ありません。
報告だけしていただけると、反応が見れて嬉しいのでお願いします。
動画が消えたりするるみたいですが、また報告していただけたら何度でも載せなおします。
マスコミの嘘つき。大嫌い。
FREE TIBET!!

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