一言談話室

使用方法は「一言談話室・使用方法」の記事を参照してください。 ここの少し下にある「カテゴリー」から探すのが簡単です。

カテゴリー


FC2ブログランキングに参加中です。


プロフィール

泡雲法師

Author:泡雲法師


募金


FC2投票


ブログ全記事表示


過去ログ


最近のコメント


最近の記事


最近のトラックバック


リンク


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 ガソリンにかかっている暫定税率で国会が混乱しています。
 一部では「つなぎ法案」自体が財政法違反という指摘も出ています
 自民党がマトモに審議をせずに数に物を言わせて再可決する、ということに対して国会の軽視、民主主義の原則を無視しているという見方もあります。
 また、道路特定財源なのにバットやボールを買っていた、などの不正も先日発覚していました。
 道路特定財源は「道路を作るため」の税金なのに、対象を「道路を作ることに携わっている人たち」にまで広げているのが問題のような気もしますが…
 まぁこの不正の金額は全体から見れば微々たる物。もちろん許されませんが、この不正を持って道路財源不要、といってしまうのは少々乱暴でしょう。
 これらの問題はとりあえず、論議の外に置くとして。
 ついでに、以前自民党が主張したガソリンが高い方が環境が保護できるという妄言に関しては過去記事を参照してください。(「環境保護のためにガソリン税を維持」って…)

 この問題、どうしても考えてしまうのがやはり利権と票田でしょう。
 自民党としては大きな利権と大票田になる建設業界を味方にしておきたい。
 官僚も同様の考え。
 だから暫定税率維持と言っているように見えます。
 それに対する民主党の国民の生活のために暫定税率は止めるべき、と言う意見もやはり選挙のための人気取りと見えなくもありません。
 まぁどちらも似たようなものという気がするのですが。

 どちらが正しいのかはともかくとして、現実のところどうあるべきなのでしょうか?
 地方の財政難と言うのは事実でしょう。
 いまだに公共事業に経済を頼っているような地域では道路特定財源が無くなり道路工事が無くなれば失業者が増加し、税収も減ります。
 いい加減に公共事業だけでどうにかしようという考えを改めないといけないのに、それがわかっていません。
 ですが、ここで文句を言っても現実は変わらないでしょう。
 一方で原油高に伴う各種物価の値上げ。
 国民の生活を確実に追い詰めています。
 このまま行けば道路以前に生活破綻者が続出します。
 ガソリン代が少しでも安くなれば、一時的とはいえ生活が楽になる人も多いでしょう。
 もちろん、前述のように地方の経済が破綻する恐れもあるので、ガソリン代がそのままでも下がっても結果は悲惨な事になるのかもしれませんが。
 議論に全く上っていないようで気になるのが、ガソリン代が下がったときの経済効果の大きさ。
 ガソリンが25円下がったところで去年並みの水準なので、それ自体が大きな経済効果を生むとは考えにくいのですが、それでも多少は経済が回復するのではないでしょうか。
 現状では家計を守るために買い控えに走り、景気が低迷するのは目に見えています。
 物価が下がったからといって即消費が活発化するわけではないでしょうが、経済効果という視点も忘れてはいけないでしょう。

 暫定税率必要論の中にある、道路の維持管理にも金がかかる、という理屈。
 これも理解できます。
 無駄な道路工事というのもたくさんあるとは思いますが、主要幹線道路を維持するための費用というのは確かに必要でしょう。
 道路財源をなくした結果、幹線道路が使い物にならなくなるのでは困ります。
 ただ、その修繕費や維持費が具体的にどの程度必要なのか、というデータが出てきていません。
 これでは議論ができない。
 そもそも暫定税率が導入された30年前と比べて、現在は道路がたくさんできています。
 これ以上どの程度道路が必要なのかがわかりません。
 百歩譲って、道路の維持管理および建設に財源がどうしても必要としましょう。
 だとしてもロクに道路が無かった30年前と、どこにでも道路のある現代とを比べてみれば、30年前と同じ水準の税金が必要、という理由も説得力を欠いているように思えます。
 維持管理費と新たな道路建設だけなら、もっと少なくても良いはずです。
 そういった議論がされていない。
 議論の中心が暫定税率の有無という二択に絞られてしまい、現実的な数字が出てきていない。
 現在の暫定税率が25円ほど。
 道路の維持管理は本来一般財源で行うべき事柄だと思うのですが、財政難の為そんな事も言っていられないのでしょう。
 それにしたって本当に今まで通りに満額必要なのでしょうか?
 きちんと計算すれば、暫定税率の撤廃はできなくとも半額にするとかそういう事はできるのではないでしょうか。
 また暫定税率の期間も何十年という長い期間ではなく、1年とか半年毎に必要な額を計算し更新していく、という方法もあるはずです。
 試しに暫定税率を半分にしてみて、国民の生活がどうなるか、地方の経済がどうなるかを見極めてみるのも必要なのではないでしょうか。
 その上で必要に応じて増減するようにするのが、現実的な対応策だと思うのですが。
FC2 Blog Ranking←一理あるな、と思ったらクリックしてね。
スポンサーサイト
 小学生の時に風船につけて飛ばした手紙が15年ぶりに発見された、というニュースが盛り上がっています
 微笑ましいニュースです。
 夢のある話です。
 子供の情操教育としても良いでしょう。

 ですが、あえて冷や水をあびせるような見方をします。
 あらかじめ断っておきますが、この出来事の関係者に対しての非難などではありません。

 さて15年経って手紙が見つかった、ということはこの「手紙という物体」が15年間自然界の中に存在し続け分解されなかった、という事でもあります。
 小学生が学校のイベントで使うような何の変哲も無い物なのに、です。
 これって言い換えれば、人間の何気ない行為がいかに自然を破壊しているか、ということの裏返しでもあります。
 15年も経っているのに、しかも深海など劣悪な環境にあったにもかかわらず、文章が判読できるほど原形を保っていた。
 環境保護という視点で見た場合、「脅威」以外の何物でもありません。
 今回は小学校のイベントで使った手紙ということで、それ自体は大した量ではないでしょう。
 とはいえ、何の変哲も無い紙が15年経っても分解されないということは、社会全体から出ているゴミの量を考えると絶望的な状況を表しています。
 先日、製紙業界の古紙配合率偽装が問題になりましたが、社会全体から出る紙のゴミの総量は小学校のイベントの比ではありません。
 それだけ大量の紙が使われていて、リサイクルも不十分。
 紙だけならまだしも、スーパーの袋やお菓子などの包装に使われている袋などは紙以上に分解されません。
 それらのゴミの総量は一体どれくらいになるのでしょう。

 以前、深海調査艇から送られてきた映像というものがテレビで放映されていましたが、その中にはお菓子の袋のゴミが映っている事もあります。
 深海で何か発見したと思ったら、人間の出した「ただのゴミ」だった、ということは日常茶飯事のようです。
 今回の手紙も深海1000メートルから引き上げられたと聞きます。
 今回の出来事は、人間の「日々の何気ない行動」が環境に負荷をかけているという事を示す分かりやすい例でもあります。

 環境保護が声高に叫ばれている昨今、こういった視点で物を見るのも必要ではないでしょうか。
FC2 Blog Ranking←一理あるな、と思ったらクリックしてね。
 また何かおかしな事を言い始めましたね…
 「ガソリンが安いとガソリン消費が加速し温暖化につながるから、ガソリンにかかる税金はそのままにすべきだ」だそうです。
 一瞬、おおっなるほどそういう考えもあるな…と思ってしまった自分が情けないです。
 一呼吸置いたらこの論理がいい加減である事がすぐにわかります。
 おかしな所はいくつもあるのですが、とりあえず一つ。
 確かにガソリンの価格が安くなると車の使用量が増えて、温暖化が進むでしょう。
 そういう見方はできます。
 ではその暫定税率の税金は一体何に使われているのでしょう~?


 皆さんご存知、道路作りですね。
 道路は何のために作るのか、といえば当然車が走るためです。

 アホらしいけど論理を整理しましょう。

 ・暫定税率維持の理屈
 ガソリンが安いと車がたくさん走る→温暖化が進んでしまう→ガソリンは高い方が良い

 ・現在の税金の使われ方
 ガソリンの税金が高い→道路を作るため→車を走らせるため→温暖化が進む

 え~とっ…
 何がしたいのかな?
 もし、温暖化を防止するためにガソリンの値段が高い方が良いというのなら、その財源で温暖化を進めるための道路を作ってはいけません。
 当たり前の理屈です。
 火事を消そうと水をかけている横で油を注ぐような愚かな事をしてはいけません。
 どうしても温暖化防止を暫定税率維持の理由にしたいのなら、暫定税率で得た財源を全て温暖化防止のために使わなければ筋が通らない。
 それだけでなく、自動車の省エネ化の推進、極端に言えば5年後には「ガソリン車は走ってはいけない」という法律を作る、ぐらいのことをしないと整合性が取れません。
 そんな理屈すらわからないのでしょうか。
 いつもの事ながら、まず「暫定税率維持」という結論が先に決まっていて、そのための理由として「適当な物を探す」という図式が透けて見えます。
 「環境保護」と言っておけば強く反対できないだろう、という情けない戦術も見え隠れしています。
 本当に環境保護をこの方法で訴えるなら「車に乗るな」「乗れないように道路を作らない」という論理でいかないと説得力が無いでしょう。
 それなのにこの「環境保護のために税制維持」というアホらしい論理がまかり通っている。
 こんな事を言っているヤツは真剣に環境保護なんて考えていません。
 選挙の時に「テキトーに都合の良いことを言っていればイイや」というのと同じ思考パターンです。
 そんな人間が政府の中枢にいるなんて…
 さらに不思議なのは、こういう簡単な論理で反論する人が記者にも野党にもいないところ…
 このあまりにもお粗末な論法を破るのは容易いはずです。
 それなのにそういう反論をしない。
 メッキをはがすのが簡単なのにはがさない。
 こんな人たちしかいないのでしょうか、この国には…

 たしかに「国民の生活がわかっていない」と言う方が支持は得やすいでしょう。
 ですが根本的な理論が間違っていると指摘した方が、物事はスムーズに進みます。
 間違っている事を指摘した方が政策能力が無いことを証明するのには良いでしょう。
 なのにそういう事はしない…
 どうなっているんでしょう、この国は。
 それともここまで思考能力が低いのでしょうか?
 与党側の発言である以上、自民党だけでなく官僚も関わっているのではないでしょうか。
 そういうエリートが集まって出てきた方便がこのレベル…
 小学生がウソを吐く時だって、もう少し整合性を持たせると思うのですが…
 この国の衰退は相当進んでいます。
FC2 Blog Ranking←一理あるな、と思ったらクリックしてね。
 DV防止法に関する講演会が、DV防止法を批判する人たちによって中止に追い込まれました
 ※DV…配偶者や恋人からの暴力(ドメスティック・バイオレンス)
 ニュースだけだとイマイチ状況が良くわからないのですが、「DV防止法に反対する人たち」は家庭内暴力に賛成なのでしょうか?
 それともDVというものの実態がわかっておらず、被害に遭っている人たちを「我慢ができないわがままな人たち」ぐらいにしか思っていないのでしょうか?
 DVも酷いものになると命の危険さえ伴う事があります。
 被害者達が避難するためのシェルターは必要だと思うのですが…
 「DV防止法を批判する人たち」は「被害者のシェルターへの保護は家族を破壊する」と主張しているのですが、これもよくわかりません。
 保護しないと殺されてしまうかもしれないわけです。
 むしろ保護しない事によって家族が破壊されると思うのですが…
 それとも「家族という形態を保つためには暴力が必要」と考えているのでしょうか?
 「暴力を使わないと形態を保てない」時点で既に「家族」は壊れていると思うのですが…
 状況が正確に把握できず、反対する人たちの言い分がよくわからないので、これ以上は書きようが無いのですが…
 どうも納得がいかない。
FC2 Blog Ranking←一理あるな、と思ったらクリックしてね。
 民主党の小沢代表が採決を途中退席し、選挙応援に行ってしまいました
 まず「大阪府知事選に応援に行くのは以前から約束していた」という発言に対して。
 政治家である以上約束を守るのは大事です。
 選挙応援が大切なのもわかります。
 ですが、ここでもし採決があるから行けない、と言ったところで何か問題が起きるのでしょうか?
 国会議員の仕事はまず「国会に出席する事」です。
 基本中の基本です。
 コレより優先順位が高い事があるとは思えません。
 そして応援される方も、こういう事情があるからと説明すれば納得するのではないでしょうか。
 逆に「大事な採決があるから行けない」と断っているのに憤慨するような候補者なら、その人物の見識を疑います。
 ここは断るべきです。

 次に「選挙応援が大事」との発言に対して。
 政治家にとって選挙は大切でしょう。
 民主主義が数で決まってしまう以上、どんなに正しくても数がそろわなければ無力です。
 正しい事をするにも数の力が必要です。
 市民のための政治を行うためにも選挙に勝たなければいけません。
 議論よりも、まず議席。
 そう考える気持ちもわからなくはないです。
 名より実を取る、そういう判断でしょう。
 ですが、あえて反論します。
 「実績に勝る選挙活動は無い」
 断言しても良いです。
 一般に現職有利と言われるのも本来はこういう事でしょう。
 民主党は野党です。
 野党なので政権与党のように実績を作るというのは難しいでしょう。
 それでもできる事はあります。
 社会の諸問題を解決するためにドンドン法案を提出し議員立法しようとすることです。
 薬害肝炎は議員立法で解決する方向となりました。
 まるで議員立法は極めて特殊な例であるかのような扱いです。
 おかしくないですか?
 国会は立法府です。
 国会議員の仕事は立法する事です。
 作られる法律の全てが議員立法であっても、何もおかしな事はありません。
 むしろ立法府でない行政機関(官僚)が法案を作っていること自体が、三権分立の原則から見てもおかしいような気がします。
 法案の作成を官僚任せにしているから、政治家がリーダーシップを取れず役人天国と呼ばれる現状を生み出しているのではないでしょうか。
 法案は議員が作るべきです。
 そのために政策秘書という人が存在するはずです。
 政策秘書を雇って給料を払うことは法律で定められているのですから、議員は積極的に法案を提出するべきでしょう。
 社会を良くするための法案をドンドン提出するべきです。
 当然野党の提出した法案など否決されてしまうでしょう。
 でもそれで良いんです。
 そこで否決されたら社会に対して訴えるのです。
 「我々は社会のためにこういう立派な法案を提出したのに、与党が反対しました」と。
 その上で「社会を良くするために力を貸してください」と訴えるのです。
 政権与党を悪者にしてしまうのです。
 それだって立派な選挙活動になるでしょう。
 こうやって与党のイメージを悪化させていけば、選挙も有利になるはずです。
 何も昔ながらの選挙スタイルにこだわる必要はありません。
 むしろこうやって何をしようとしているのかをわかりやすく提示する事が、現代の政治に求められている事ではないでしょうか。
 昔ながらの温情に頼ったような選挙はそろそろ限界に来ています。
 そういう人情選挙をしているから問題意識の高い主権者は政治に嫌気が差し、投票場に足を運ばなくなるのです。無党派層の多くはそういう人たちではないでしょうか。
 だからこそ、一見無駄に見える成立しない法案提出が重要な意味を持ってくるはずです。
 法案提出を成立させるためのものではなく、ビジョンの提示という形で使っていれば、必ず意識の高い人たちはついてくるはずです。
 そういう風に考える事ができない…
 小沢代表も古い自民党のやり方に染まり過ぎています。
 そんなことをやっているようでは勝てる選挙も勝てないでしょう。
FC2 Blog Ranking←一理あるな、と思ったらクリックしてね。
 何とも痛ましい出来事が起きてしまいました
 以下毎日新聞の記事の引用です。(引用記事の下に大雑把にまとめておきました。読むのが面倒な方はそちらをご覧ください)

<野宿女性>浜松市役所に運ばれ死亡 「あと一歩」対応なく (毎日新聞)
 浜松市で昨年11月、空腹のホームレスの女性が市役所に運ばれ、福祉担当職員らが取り囲むなか心肺停止状態となり、翌日死亡した。敷地内の路上で寝かされ、市が与えた非常食も開封できないまま息絶えた。「すべきことはやった」と市は説明する。だが、なぜあと一歩踏み込めなかったのか。女性の死は重い問いを投げかけている。【井上英介】

 市によると、11月22日昼ごろ、以前から浜松駅周辺で野宿していた70歳の女性が駅地下街で弱っているのを警察官が見つけ、119番通報。救急隊は女性から「4日間食事していない。ご飯が食べたい」と聞き、病気の症状や外傷も見られないことから、中区社会福祉課のある市役所へ運んだ。


 女性は救急車から自力で降り、花壇に腰を下ろしたが、間もなくアスファルト上に身を横たえた。連絡を受けていた同課は、常備する非常用の乾燥米を渡した。食べるには袋を開け、熱湯を入れて20~30分、水では60~70分待つ必要がある。


 守衛が常時見守り、同課の職員や別の課の保健師らが様子を見に訪れた。市の高齢者施設への短期収容も検討されたが、担当課に難色を示され、対応方針を決めかねた。


 運ばれて1時間後、野宿者の支援団体のメンバーが偶然通りかかった。近寄って女性の体に触れ、呼び掛けたが、目を見開いたままほとんど無反応だったという。職員に119番通報を依頼したが、手遅れだった。メンバーは職員に頼まれ、救急搬送に付き添った。


 「職員が路上の女性を囲み、見下ろす異様な光景でした」とメンバーは振り返る。「保健師もいたのに私が来るまで誰も体に触れて容体を調べなかった。建物内に入れたり、せめて路上に毛布を敷く配慮もないのでしょうか」。女性に近寄った時、非常食は未開封のまま胸の上に置かれていたという。


 最初に病院ではなく市役所へ運んだことについて、市消防本部中消防署の青木紀一朗副署長は「業務規定に従って血圧や体温などを調べ、急患ではないと判断した。隊員によると女性は病院へ行きたくないそぶりを示した。搬送は純粋な行政サービスで、強制的に病院へ運ぶことはできない」と話す。


 市の一連の対応について、社会福祉部の野中敬専門官は「与えられた権限の範囲内ですべきことはやった。職員たちの目に衰弱している様子はなかった。容体急変は医師ではないので予想できない」と話す。


 死因は急性心不全だった。女性の死亡後、市民団体などから抗議された市は、内部調査を実施。中区社会福祉課の対応について「空腹を訴える女性に非常食を渡し、収容可能な福祉施設を検討した。2回目の救急車も要請した。職務逸脱や法的な義務を果たさなかった不作為は認められない」と結論付けた。


 大雑把にまとめると、ホームレスの女性が衰弱していたので警察が119番に通報。
 救急隊は病気や怪我ではないので、市役所の福祉課へ搬送。
 福祉課は「法令に基づき」調理前の非常食を提供し、女性を見守った。
 衰弱していた女性は非常食を開封する事も無く「職員が見守る中」体調を崩し、病院に運ばれるも死亡。

 市役所の人が見殺しにした、ということでしょうか。
 記事だけだと正確な状況がつかめないので何とも言えませんが、どうにかできなかったのでしょうか。
 公務員には服務規程があります。
 そして行政機関なので法律もあります。
 だからできることとできない事があるのでしょう。
 その結果、このような事態が発生。
 もしこの時に「おせっかいなオバサン」が一人でもいれば、状況は全く変わっていたでしょう。
 法律があるから公務員は何もできず、ただ女性を集団で見下ろすだけ。
 手を差し伸べる事もしない…
 「お前ら人間かっ!?人の心はあるのかっ!?」と非難するのは簡単ですが、おそらくいくら公務員といえど人間ですから心が痛んだ事でしょう。
 でも助けられない。
 公務員である以上法律を遵守しなければならず、人間である以上違反をして処罰されるのは困る。
 だから助けたくても助けられない。
 手を差し伸べたくてもそれを許されない。
 法律って一体なんでしょう?
 公務員の行動を縛って、国民の不利益になるような事態を招くためにあるのでしょうか?
 ここでもし、この公務員の内の誰かが法律を破ってこの女性を助けたとしましょう。
 その公務員はどうなるのでしょうか?
 やっぱり法律違反ということで罰せられてしまうのでしょうか?
 おそらく罰せられてしまうのでしょうね…
 それが日本の行政機関です。
 この状況で助けるために法律違反をしても誰も文句を言わないと思いたいのですが、それでも許されないのでしょう。
 また、もしここで誰かが手を差し伸べると「特定の人間ばかり助ける不公平な行政機関」とその行動を非難する「人権派」の人たちがいたりします。
 一体何なんでしょう、この理不尽な社会は。
 人間として正しい行為をする前に、法律に照らして正しいと見なした事以外やってはいけない。
 誰かに責任を取れ、と言っているのではありません。
 人間が人間として正しいと思える事ができないような社会システムを、このまま放置しておいていいのでしょうか。
 行政機関は一体何のためにあるのでしょう?
 法律は一体誰のためにあるのでしょう?
 この問題は救急患者のたらい回しより性質が悪いです。
 救急患者のたらい回しは、医師や看護士がおらず搬送されても対応できない、と言うやむをえない事情が背景にあります。
 ですが今回のコレは、手を差し伸べる事ができるのにそれが禁止されているわけです。
 法律論などの難しい理屈で行政改革を論じる前に、「人が人として正しい事ができる行政」という視点で改革ができないものでしょうか。
 現状ではあまりに血が通っていないシステムです。
 壊れたロボットのように立ち竦んでいるのではなく、人間として対応のできるシステムが必要なのではないでしょうか。
FC2 Blog Ranking←一理あるな、と思ったらクリックしてね。

便利さと環境保護

 新聞社の世論調査で「コンビニ店の深夜営業が無くてもOK」と答えた人が84パーセントに上ったそうです
 これに対してコンビニ業界は反発しているそうで…

 実際のところどうなんでしょう。
 業界側は深夜営業には需要があると言っていますし、深夜営業を止めても環境対策としては効果が乏しいとも言っています。
 確かに深夜営業には一部の人には需要があるのかもしれません。
 またライフスタイルの多様化で深夜営業の需要が高まっているとの意見もあるようです。

 ライフスタイルが多様化しているのは、深夜営業を始めたからではないか…と個人的には思うのですが。
 そもそもお店が長時間営業しているから、ライフスタイルが多様化してしまうのではないでしょうか。
 もっとも看護士や警備員のように、深夜に働かなくてはいけない人というのも確かに存在しますので、何とも言えませんが。
 それでも深夜営業をする店を都市部に限る、ということはできるでしょう。
 住宅街の近くの深夜にお客が来ないような店は、深夜営業を停止してもいいのではないでしょうか。
 それに元々「セブンイレブン」はその名の通り「7時に開店して11時に閉店」するから「セブンイレブン」なのであって、最初は24時間営業をしていなかったはずですが…
 時代が変わったと言われればそれまでですが、昔は深夜営業など必要とされていなかったのも事実です。

 深夜営業だけでなく、コンビニはもっと環境保護を真剣に行う必要があるのではないでしょうか。
 店の照明を全てLEDに換えるとか、食料品のゴミを減らす努力をするとか。
 お弁当などの廃棄対策としては「賞味期限切れが近い物を割引して売るべきだ」と言う意見があるぐらいです。
 賞味期限が残り4時間を切ったら2割引にするとか。
 バーコードに入力するデータを少々変えるだけで、それくらいの事は簡単にできるのではないでしょうか。
 レジ袋の削減だけが環境保護ではないはずです。
 コンビニを含む既存のビジネスモデルに限界が来ているのですから、新しいビジネスモデルが必要なのでしょう。
 それは必ずしも革新的なアイデアを必要とするものではなく、昔やっていたことを現代風にアレンジするだけで済む場合も多いでしょう。
 賞味期限切れになりそうな物を割り引くなど、以前なら普通にタイムセールと称して行われていたことです。
 昔やっていた事が現代になってできないのでは、文明の退化が進んでしまったと言っているような物です。
 社会は常に進歩している、ということが前提のはずなのに、それを根底から覆すような事を当事者達が当然のように口にするのはおかしな話です。
 ただの怠慢、と言われても仕方ないでしょう。

 とは言え、利益追求が至上命題になってしまっている営利企業としては、利益が減るかもしれない事を自ら進んで行うのは勇気が要るでしょう。
 ならば我々消費者の側が「深夜営業をしているような店は使わない」「深夜営業中は店に寄らない」といった意識を持ち、それを社会常識にしていくしかないのかもしれません。
 極論すれば、深夜に買い物をする人たちを「なんて常識の無い人なのだろう」と思うような社会にする必要があるのかもしれません。

 ところで、私の知人に以前コンビニの店長をしていた人がいるのですが、その人に言わせると「深夜営業はしたくない」というのが本音だそうです。
 深夜営業はアルバイトの人件費が余計にかかります。
 その割りに売り上げは少なく、むしろ赤字。
 深夜営業の売り上げだけで深夜営業の必要経費を稼ぎ出している店舗は数えるほどしかないのではないでしょうか。
 そしてその深夜料金の人件費を出したくないために、店長が自ら深夜の店に出るということが常態化すると、労働時間が極端に伸びてしまい体調を崩す恐れもあります。
 店長夫婦共働きになるケースも多く、その場合二人で働いても給料は決して高くないとか…
 深夜営業は環境負荷だけでなく、フランチャイズオーナーにも負担を強いているようです。
 そこまでして深夜営業という業務形態を維持する必要が、どの程度あるのでしょうか?
FC2 Blog Ranking←一理あるな、と思ったらクリックしてね。
 東京都ネットカフェ難民救済に本腰を入れるようです。
 都が無利子で最大60万円を貸し付け、そのお金を住宅費や当面の生活費に当てて生活を立て直そうというもののようです
 一歩前進、といったところでしょうか。
 しかしちょっと気になるところがあります。
 貸し付けの対象者が「正規雇用先を見つけるなど安定的な生活が見込める人」となっています。
 普通に考えたら当然なのですが、ちょっと考えてみましょう。
 正規雇用先を見つけるためには普通住居が必要です。
 住所不定では雇ってくれる場所は少ないでしょう。
 つまり住居がなければ正規雇用先が見つからず、正規雇用先が見つからないので住宅資金の支援が受けられない、住宅支援が受けられないので雇用先が見つからない…という堂々巡りが発生しませんか?
 この問題の回避のためには「先に住所が必要」なのではないでしょうか?
 住所があれば生活保護も受けられ、そこから立ち直る事もできるでしょうけど、その最初の一歩である住居が見つからない。
 安く入れる公団住宅のようなものが大量に必要なのかもしれません。
 しかし公共の住宅を増やすとなると、税金の無駄遣いという問題が発生してしまいます。
 住み込みの働き口を都が斡旋する、とかそういう方法しか有効な手はないのかもしれませんが、この不景気のご時世どこの会社も社員福祉は削っているでしょう。
 住み込み・寮完備という職場は少ないかもしれません。

 一方で東京都は支援事業も4月から展開するようです
 その一環でサポートセンターを作り、ネットカフェ難民の相談に乗ったり、直接ネットカフェに出向いて聞き取り調査のような事もするつもりのようです
 かなり本気と見ていいのではないでしょうか。

 反面、面倒な事も起きています。
 グッドウィルの営業停止処分
 処分自体は当然の事です。
 しかしこの営業停止処分で働き口がなくなると困る人たちがいます。
 その中にはネットカフェ難民もいるでしょう。
 労働局で電話相談を開始したそうですが、それだけで対応できるかどうか

 ネットカフェ難民と派遣労働の問題は、リンクしている点も多いです。
 そしてそれらは社会全体のゆがみの結果発生している問題でもあります。
 本当に救済するためには政治が主導権を握って、社会全体・経済の構造全体から考え直さなければならないのでしょうが、政治家の皆さんはあまり熱心ではないようで…
 これだけねじれ国会と言われ与野党の対立という構造ができているのに、この件に関しては具体的な議論に発展していないようです。
 やはり政治家は献金をしてくれる経済界の味方なのでしょうか。
FC2 Blog Ranking←一理あるな、と思ったらクリックしてね。
 パリ・ダカールラリーが中止になってしまったようです
 中止の理由はテロ組織から脅迫を受けたから。
 やむをえないとも言えますが…

 それにしてもテロリスト達は一体何がしたいのでしょう?
 元々は何がしかの理由があったのでしょうが、すでに理由を見失っているように思えます。
 「テロとの戦い」と言い始めてからずいぶん経つのですが、その成果がどの程度上がっているのかは不明。
 そもそも「テロと戦う」という事自体が不可能です。
 国同士や組織相手の戦いならどこかで終止符を打つことは可能でしょう。
 しかし、テロリストが相手の場合、まず相手が何人いるのかさえ分かりません。
 しかもその人数は増えていく事が考えられます。
 当のテロリスト達も、すでに何のために戦っているのかが分からなくなっているのではないでしょうか。
 テロ組織の幹部達が声明を出す事がありますが、そこには理由が無い事が多いように思えます。
 元を正せば、テロと言うのは手段であり、その手段をとる以上は何か目的があったはずです。
 例えば貧困の解消や社会的な構造を変えたい、といった目的があったはずです。
 それらの問題が解決されないからテロが起きるわけで、問題が無くなればテロも無くなるはずです。
 テロはあくまで手段であり目的ではないのですから、本来ならその目的や主張があるはずなんです。
 そういった主張があれば、それらの問題を解消するなどの方法を採る事でテロを無くす事ができるはずですし、テロが手段である以上、その不満も解消されるはずです。
 現在の社会が決して理想的とは言えない以上、虐げられる人たちもいます。
 そういう人たちの悲鳴の表れ方の一つがテロという行為のはずです。
 イスラム原理主義系統の人たちは、最初は「西欧的な価値観が押し付けられているようで嫌だ」とか「西欧から見て異文化であるイスラム文化を尊重しない」とか「資本主義や拝金主義がはびこるのが許せない」といったそれなりの理由があったはずです。
 それならば堂々と言論などの手段で訴える事もできたでしょう。
 それらの声がイスラムの中から「古い」と言われて取り上げられず、自分達の主張が通らないならば、まず自分達の周りから言葉で説得して回るべきでしょう。
 しかしそういった忍耐の必要な努力はしたくないようで、安易にテロと言う暴力行為に走っています。
 そして動機の説明や要求の無い犯行声明。
 最早ただの犯罪集団です。
 これでは対話が成り立ちません。
 言わないし言おうともしない、一方の国際社会も聞かないし聞こうともしない。

 テロリストが何を思ってテロ活動を続けているのかは知りませんが、彼らにすら目的がどこにあるのか分からなくなっているのではないでしょうか。
 なぜテロをするのか分からないが、いつのまにかテロリストになってしまったからテロを行っている、そんな感じのような気もします。
 目的が無い人たちを止める手段など無いでしょう。
 きっとアメリカと言う国が無くなるまで、彼らは戦闘を続けるつもりなのかもしれません。
 全く終わりが見えてきません。
 テロリストが組織でない以上、指導者と和解するなり捕まえるなりといった方法も意味が無いのではないでしょうか。
 根本的な解決はテロリストになるような不満を社会的に減らす事なんでしょうが、それも難しい。
 イスラム的な価値観を国際社会がもう少し尊重すればいいのでしょうが、資本主義と経済のグローバル化の前では各国とも自国の国益とエゴがむき出しになる。
 全ての人がわずかばかりでも他人に配慮するという事ができれば、何かが変わるのかもしれませんが…
 「イスラム」という言葉は「平和」という意味だと聞いた事があります。
 価値観は違えどイスラム圏との対話はできるはずです。
 そこからどうやってテロリスト達に訴えかけていくか、という事になるのでしょうが、ここまで抜き差しならない状態になってしまうと、どちらも一歩も退けないでしょうし…
 何かいい方法はないのでしょうか。

 イラクやアフガニスタンに展開している西欧系の軍隊がイスラムの文化を理解せず、トラブルになっているというニュースも以前流れていました。
 とりあえずは西欧系の国の軍隊は引き上げ、インドネシアやトルコなど、イスラム系の国々に代わりに入ってもらう、ということも考えられますが、勝手に始めてしまった戦争の後始末を他国に押し付けるのも問題がありますし…
 アイデアが全く浮かびません。
FC2 Blog Ranking←一理あるな、と思ったらクリックしてね。
 ちょっとしたチャットです。
 お気軽に書き込んでください。
 現時点の設定では、書き込んだ文字は消去されません。
 常識の範囲内でご使用ください。
 伝言や落書きもOKです。

 左上の「Gesut」の文字をご自分のお好きな名前に変更し、その横の欄にメッセージを書き込んで、右下の「送信」をクリックしてください。
 すぐにそのメッセージが表示されます。
 左下の「ON」「OFF」はメッセージが更新されるたびに音を出すか出さないか、を設定する物です。
 中央下のツマミは文字の大きさを変更する物です。
 FC2のサービスの一つ「FC2チャット」という物を設置してみました。
 ブログの左上部に設置してある「一言談話室」がそれです。
 簡易式のチャットのようです。
 使い方がイマイチよくわかっていないのですが、とりあえず付けてみました。
 このブログのアクセス数でチャットを付ける事には意味など無いような気もしますが、どこかで何かの役に立つかもしれないので、とりあえず設置しました。
 試しに気軽な気持ちで使ってみてください。

謹賀新年


謹賀新年

 「ブログでも始めてみようかな」、と気軽な気持ちで始めたこのブログもいつの間にか記事の数が相当数に上っています。
 そして、記事が長い…
 しかも、文章ばっかり…
 始めた頃はこんなに長くはなかったのですが、気が付けば長文が中心に…
 こんな長い記事でもきちんと読んでくださる方がおり、大変感謝しております。
 思えばこのブログを始めたのが昨年の2月2日。
 途中からコメント欄とトラックバック欄を開放したところ、85件のコメントと18件のトラックバック、182回のブログ拍手を頂きました。
 その内のいくつかは宣伝目的の無関係のものですが、それ以外の多くは真剣なものでした。
 色々な指摘を受ける度に「なるほど」と新しい発見をし、人間的にも成長させていただきました。
 トラックバックは言及リンクが必要という厳しい制約があるにもかかわらず、送っていただきました。
 中には、このブログの記事を参考資料の一つにされている方もおられるようで、驚いています。
 ブログ開始当初は気が向いたら更新する程度だったのですが、いつの間にやら毎日更新するのが日課となっていました。
 毎日「今日は何を書こうか」と考えている自分がいる、というのは新しい発見でした。
 (書きたい事が無い時は辛いんですけどね…)
 それでも続けているうちに顔なじみの方やリンクをしてくれる方もおり、それが辛い時の励みになりました。
 人間は気付かない所でたくさんの人に支えられているのだなぁ、と改めて感じる事ができました。
 たった一人で孤独に始めたブログも続けていく内に、たくさんの人との縁が出来ました。
 皆さんがいなければ、ここまで続けて来れなかっただろうと思います。
 本当に感謝しています。
 ありがとうございました。
 ブログを始めた時には、今のような状況など全く想像していませんでした。
 とても有意義な時間になったと思っています。
 重ね重ね感謝いたします。

 さて、今年はこのブログの方針を少々変えていこうと思っています。
 基本的なところは変わらないと思いますが、今までやってこなかった事を取り入れていこうと思っています。
 具体的に何をするかはまだ決まっていないのですが、とりあえずは、長い記事のせいで極端に縦長になってしまっているこのブログの状況を生かして、ブログパーツを増やしていこうと思っています。
 ブログ以外にもいくつか新しいことを始めてみようと思っているので、ブログの更新頻度は落ちると思いますが、それ以上に価値のある物になるよう努力していきます。
 今後ともよろしくお願いします。
                    泡雲法師
FC2 Blog Ranking

Powered by FC2 Blog
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。